タラソ福岡の「失敗」にみる官民連携ファイナンスのヒント

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失敗事例としてしばしば採り上げられるタラソ福岡PFI事業であるが、民間にリスクを移転できた官民連携ファイナンスの観点からみればむしろ成功事例なのではないか。従来型の「第三セクター」で典型的な、官側が無制限にリスクを負ってしまうモデルに対しての話である。自治体は、第三セクター等がローン契約を結ぶに際して金融機関に損失補償を供していた。補助金や追加出資で赤字を補てんすることもあった。ビジネスは生もので営業収入に不安定さがつきまとう。返済その他の支払に際し資金ショートすることもある。第三セクター等がそうならないよう、自治体が保険者のようにふるまって第三セクター等のキャッシュフローを調整していたのだった。保険者たる自治体からみれば、予測がつかない補てん金を支出するリスクを抱えることになる。ポイントは、支出そのものよりむしろその支出が不確定なことが本質的な問題であることだ(※1)

ならば、収入不安定に伴う補てん金支出のリスクを民間に移転するにはどうすればよいか。自治体の支出を定額とし、営業収入の不安定に伴う支出増のリスクを民間が甘受する仕組みを構築することだ。この場合、自治体の支払う定額給付金の意味は公益性のコストである。民間企業の行動原理としては経費をカバーするだけの売上が見込めなければその場所で事業は行わない。それでも住民が必要という事業には自治体が助成金を出すことで民間企業の進出を促すのだが、こうしたものは公益性のコストとみなさなければなるまい。公益性コストの考え方は民間企業をうまく活用するポイントでもある。民間活用の本質は市場競争で鍛えられた民間の知恵と生命力を活かそうとするものだが、助成金が従来型の第三セクター方式のような変額ではなくあらかじめ決めた定額とすれば、それらを萎えさせることはない。定額の公益性コストはゴルフコンペの公式ハンディキャップに喩えられる。条件的に不利な市場であっても、ルールに定められた公式ハンディキャップがあれば、全国どこでも対等な競争(competition)ができるからである(※2)

タラソ福岡PFI事業は、それまでは官が一方的に持っていた営業収入の不安定さに伴う支出リスクを民間に移転するモデルとしてはむしろ成功事例であると思う。福岡市初のPFI事業である臨海工場余熱利用施設「タラソ福岡」が、平成14年4月にオープンしたが、利用者数が伸びず初年度から赤字に陥った。当初は親会社である大木建設が財政的支援を行っていたのだが、当の大木建設が平成16年3月に民事再生手続の適用を申請したことをうけて資金繰りが厳しくなっていった。そして平成16年11月30日、施設閉鎖とあいなった。

経営破綻は残念な話であるが、もし、これが従来型の第三セクターであったとしたら市は財政支援を続けていたに違いない。温浴施設の営業が中断することはなかったかもしれないが、財政負担は膨らんでいったのである。従来型の第三セクターの場合、打出の小槌のように出てくる補てん金を目当てに放漫経営が問題となっていたが、このケースでは財政規律は働きすぎるほどに働いた。補てんに伴う支出リスクを官の代わりに負ったのは民間のスポンサー、大木建設である。

損失補てんモデル/リスク移転モデル

もちろん、福岡市PFI事業推進委員会はじめ様々な識者が指摘してきたように、このスキームには若干の課題が残ろう。しかし見方を変えれば、このスキームを活かし改良をこころみることで、公共福祉の増進に民間の知恵と生命力がハイブリッドする理想の官民連携モデルができるように思うのだ。解決すべき課題は何か。福岡市PFI事業推進委員会が施設閉鎖の半年後に発表した「タラソ福岡の経営破綻に関する調査検討報告書」にもあげられているが、まずは温浴施設の営業が中断されたことである。公益事業について事業の継続性は特に求められる。確かに、たとえばこれが水道だったらと思うと背筋が凍る。破綻が避けられないものだったとしても、事業自体はスムーズに次の民間企業に引継がれるべきだった。引継ぐほうは相応の損失を甘んじることになるが、温浴施設が4ヶ月も閉鎖されることはなかった(※3)。次いで、その原因でもあるがPFI事業会社が経営破綻してしまったことだ。経営破綻に陥る前に営業譲渡ができなかったのが惜しまれる。要するにリスク移転モデルとしては成功だったが、移転された側の民間が無限責任を負ってしまった、平たくいえば「損切り」する仕組みがなかったことがスキーム上の課題だったと筆者は考える。

PFI事業会社の破綻、ひいては公共サービス中断に陥った原因は何か。前掲書を踏まえて簡単にまとめると次の通り。

  • モニタリングによって破綻の兆候を早期発見できなかった。
  • 債権者による予防措置を期待したが担保をしっかりとっていたので期待通りに動かなかった。
  • 万一のときに市が自ら運営する、または別の事業者に運営を引継ぐルールを定めていなかった。
  • そもそも需要予測の甘さに破綻の萌芽があった。

親団体たる市町村が実施する財政状況モニタリングは継続するとして、どうすれば、金融機関がPFI事業に対し貸し手としてのガバナンスを利かせる仕組みができるのか。期待されるのは、融資が焦げ付かないようタラソ福岡の特に資金繰り面を監視し、場合によっては経営者を派遣するなど事業に介入してでも建て直しを図り、それでもダメなら肩代わりしてくれる別の会社を探して事業を継続させるという一連の行動である。

しかし、そうはならなかった。タラソ福岡PFI事業については、建設費の8掛けに経過年数分減じたものを査定額とした買取保証がついていた。金融機関はこれに担保設定した上に、回収可能額までしか融資をしなかったようだ。金融機関にすれば取りはぐれることのない融資案件であったがために審査が甘くなり、期中のモニタリングにあたっても真剣味が薄れたのではないかということだ。

親団体の買取保証が審査を甘くする原因になっているのなら、これを無くしてはどうだろうか。査定額をあらかじめ決めない手もあるが、原則として別の事業者に売却するという仕組にすれば査定額はPFI事業の収益性に連動するようになる。収益を産まない施設であれば査定額は下がる。元本割れの可能性が生じるとすれば金融機関もだまっておれまい。審査や期中のモニタリングも厳しくなろう。債権者の努力によって担保である営業権の査定額が上下する仕組みを構築すればよいのだ。こうすると、貸し手のガバナンスの一貫として事業継続を働きかけるようになる。事業者が破綻しそうであるとすればできるだけ高値で買ってくれる引継ぎ先を探さなければならない。

もっとも、施設そのものの所有権は親団体たる市町村が所有しておいたほうがよいだろう。施設そのものを所有している事実は親団体たる市町村の民間事業者に対するガバナンスの源泉となる。大家さんの店子に対するガバナンスといえばイメージしやすいだろうか。万一のときに市町村が自ら運営する、または別の事業者に引継がせるに際しても市町村がイニシアティブを発揮しやすい。具体的には、PFI事業者が借入をして施設を建設し、完成したらそれを親団体に無償譲渡、つまり「寄進」する。代わりに公益事業として営業する優先権を得るという仕組である。PFI事業者のバランスシートには建設費相当額を無形固定資産として計上する。一方、差し出した施設は、そこで営業させていただくための、いわば営業保証金のように機能する。営業保証金で得られるのはいわば助成金(サービス購入料)付の営業権ということになる。これに付随して、タラソ福岡PFI事業の場合は敷地地代や電気代を支払わなくてよいなどの特典もあった(※3)

営業権を譲渡できるようにする仕組を整備することは、事業のスムーズな引継ぎに加え、経営破綻の予防にもつながる。決定的な破綻に至る前に、別の事業者に営業権を譲渡してしまうのだ(※4)。料金収入と助成金(サービス購入料)合わせて年商2億2000万円で採算があう水準まで価格を下げれば営業権の買い手はつく。需要予測を誤った最初の事業者には売却損が生じるが、それは甘んじて受け入れざるをえないだろう。「損切り」できる仕組は官民双方の問題解決になる。タラソ福岡の例では大木建設が「損切り」できなかった。安くしてでも営業権を売却できることができたならば、損失は被るものの一定の歯止めがかかるので、もしかしたら経営破綻を免れたかもしれない。

最後に、そもそも需要予測の甘さがあったことについて。経営破綻の原因をさかのぼれば計画の段階で入場者数を強気に見込んでしまったことに行き着く。福岡市は入場者数を10万人と見込んだのに対し、大木建設は24万7000人を見込んだ。入場者数を踏まえ、福岡市は料金収入で採算をとるには年間1億1300万円(15年に渡り総額17億円)の営業助成金「サービス購入料」の支払いが必要だろうと考えていた。これに対し大木建設は年間8000万円(15年総額11億9000万円)で十分間に合うとした。

この問題の背景には、幹事会社が建設業だったことがあると思う。建設業にとって工事請負額を増やすことが第一の関心事だ。大木建設は営業助成金「サービス購入料」をディスカウントすることで入札上の有利を得たかったのだと想像する。建設業だけでなく、サプライヤーとして事業に関わるものは事業運営そのものを担う主体と利害関係が対立する。事業運営を担う主体にすれば入場者数は少なめに売上高を堅く見積り、コストをできるだけ圧縮するような経営を志向する。建設コストもなるべく抑える。温浴施設の運営会社が入札すれば、市と同じような需要見込みをしたのではないか。しかしサプライヤーが自らの売上を増やそうとすれば、それは運営企業のコスト増大をもたらす。このケースの場合、建設業にとっての競争優位が、事業運営の不利に働いてしまったといえる。一般的に、PFI事業のプライムコントラクターはその事業運営を担う主体とし、利益相反する関係主体は意志決定メンバーから外したほうがよいのではないか。「船頭多くして船山に上る」というが、PFI事業会社はその事業運営を担う主体が責任をもって経営する。温浴施設であれば、温浴施設の経営経験豊富な民間企業がPFI事業会社に企画段階から人材を出し、民間企業からみれば通常の新規出店プロセスを経てその後も自由に経営してゆくような具合だ(※5)

官民連携スキーム/官民連携スキーム・本稿の試案

(※1)「地方自治体にかかる損失補償の無効問題に学ぶリスク分担のあり方」2011年2月23日付コンサルティングインサイト

(※2)公益性コストは、本稿では毎年支払う方式を前提としているが、設立時に一括して支払う方式も同様に考えられる。この場合、設立時に自治体がまとまった額を資本金として拠出することとなるので、外形的には第三セクターと同じくなる。

(※3)本稿でいう「寄進」はPFI事業プロセスのひとつである譲渡(Transfer)に相応する。大辞林によれば「寄進」とは「神社・寺院などに、金銭・物品を寄付すること」であるが、寺社や有力者に耕地を寄進する代わりに現地の支配権が保全される寄進地系荘園制度に掛けて、あえて「寄進」という用語を使っている。寄進の対価として得られるのは、官の公営事業として営業するに伴う「本領安堵」、ある種の地域独占たる「不入の権」、敷地賃料や電気代を支払わなくていいなどの「不輸の権」だ。ちなみに、本稿は、いわゆるBTO方式でOの部分が譲渡可能になったスキームを想定している。ちなみに、BOT方式で施設をPFI事業会社が所有し、PFI事業会社の株式を譲渡できるようにするスキームにしても結果的には同じと思料。

以下の出所:「PFI事業導入の手引き」PFI関連用語集(内閣府 民間資金等活用事業推進室webページ)
BTO(Build Transfer Operate)民間事業者が施設等を建設し、施設完成直後に公共施設等の管理者等に所有権を移転し、民間事業者が維持・管理及び運営を行う事業方式。
BOT(Build Operate Transfer)民間事業者が施設等を建設し、維持・管理及び運営し、事業終了後に公共施設等の管理者等に施設所有権を移転する事業方式。

(※4)結果的には4ヵ月のブランクを経て、新しく設立された福岡臨海PFI株式会社に営業譲渡が行われた。

(※5)タラソ福岡から福岡市に対して利用料金を裁量で変更できるよう申入れたものの、公募条件の基本的な部分に関するものとして基本料金については認められなかった経緯がある。

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