分析指標にあらわれる、財政運営に関する官民の考え方の違い

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財務分析指標には財政運営のあるべき姿に対する考え方が反映される。いうまでもないが、民間企業にとって利益率は経営の良し悪しを示すもっとも大事な指標である。利益は大きいほうがよいのだが、その大きさを測るに何か基準となるものが必要だ。それはたとえば売上高だったり、資産だったりする。売上高を基準としたときの収益性指標を売上高利益率といい、売上高を1としたときの利益の大きさを百分率で表す。営業活動で得た収益から、かかった経費を支払って結局いくら残ったかという関心に応える指標である。また、測定単位を事業資産に置く考え方もある。資産利益率ないしROAである。手持ちのストックが産出する果実の大きさを示す算式なので定期預金と利子と利回りの関係に似ている。
採算性の尺度である利益 / 利益水準を規模と比較して測定する指標
分母・分子からなる算式において、通常は測りたいものが分子、測定単位が分母となる。民間企業は利益の極大化が経営のあるべき成果なので、その良し悪しを測るために尺度たる利益を中心とした指標を使うのが当たり前なのだが、営利を目的としない地方自治体の世界ではそうではない。地方自治体、公営企業も経済的な持続可能性の観点から財務分析指標があり、入ってくるカネと出ていくカネを分母・分子とする算式であるところは利益率と似ている。ただし、考え方の相違を反映し、民間企業と算式の形も使い方も異なっている。
たとえば、「経常収支比率」という指標がある。これは、地方税・普通交付税等の経常収入を分母に、人件費・扶助費・公債費等の経常経費を分子とした算式である(※1)。民間企業の利益率指標と要素こそ同じであるが、分子が経常収入と経常経費の差額ではなく経常経費そのものである点が異なっている。それで、この指標から読み取れる財政運営のあるべき姿はなんだろうか。まっさきに思い浮ぶのは均衡財政、つまり経常収入と経常支出のバランスをとるべしという考え方である。地方自治法には、「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつて、これに充てなければならない」(※2)。地方財政法には「地方公共団体の歳出は、地方債以外の歳入をもつて、その財源としなければならない」(※3)と原則借金は禁止されている。歳出と歳入は単年度でバランスさせなければならない。もっとも学校、道路その他の公共施設等の建設事業費は耐用年数を越えない期限の借金が認められている。ひるがえって、経常支出と経常収入はバランス(均衡)させるのが財政運営の要諦ということだ。
これが転じて、各年度における歳入はその年度の歳出に充てなければならない、と解釈される向きがある。予算は年度内に使い切らなければならない。言い換えれば、やたら余りがでるのはよろしくない。予算を使い切らず余らせることは公共の福祉にもとるということだ。ここが民間企業の経営と違うところで、節約術を駆使して余剰を捻出し、それを使って住民サービスを充実させるような投資をしよう、というような発想にはなりにくい。支払に際しもっと安上がりですむ方法があるとわかったとしても、一種の約束事である予算の使い方について期中に方向転換するのは難しい。同じサービスなら支払は節約したほうがよいのだが、そうしたメカニズムは予算主義のもとでは働きにくい。
利益水準を間接的に測定する指標 その1
もうひとつ、地方公営企業でよく使われる財務分析指標に、経費が分母、分子が収益の形のものがある。典型的なのは水道事業の料金回収率だ。これは、水のm3当り単価に対する水道料金の比率を示している。コストが水道料金によってどの程度カバーされているかを表している。100%を超えていればコストは水道料金で賄われていることとなる。いわゆるカバレッジ指標だ。これも収益とコストからなる点では利益率指標とよく似ているのだが、測定するものが収益とコストの差額である利益でないことに加え、分母分子が逆である点で利益率と異なっている。料金回収率の分母分子式をみると、測るものは水道料金である。つまり、この算式が示すところ経営におけるコントロールの対象は水道料金である。
料金回収率は、利益率と一見似ているが、分析において問題視するのはコスト構造云々よりもむしろ「適正な(=コストを賄いきれるような)」料金設定であるかである。確かに、水道法をみれば「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること」(※4)とある。地方公営企業法には「地方公営企業の給付について料金を徴収することができる。前項の料金は、公正妥当なものでなければならず、かつ、能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし、地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない」(※5)と書いてある。
この指標をベンチマークに財政運営すると、コスト構造はともかくこれを上回るような水準に料金値上をすることが第一に検討すべきことのように思えてしまう。仮に、利益率をベンチマークにしたとすればまずは経費削減、次いで客数増加を考えることだろう。売上はお客によるところ多いが、経費削減は自らの努力でなんとかできる問題だからだ。それでも好転しないとき料金値上げを考えるだろう。こうしてみると「料金回収率」は経費削減のメカニズムが働きにくい指標だと思う。指標名の頭に「料金」がつくように、料金値上げが先立ち顧客数を増やすという発想になりにくい。
利益水準を間接的に測定する指標 その2
分母が経費、分子が収益のタイプでも、分子が分母より小さいのが通常であるものについては少々意味合いが変わってくる。身近なところでいえば健康保険の自己負担割合。「本人3割負担」という文句が示すメッセージについて考えてみよう。背後にある算式は経費を分母、収益を分子とする分母分子式なのだが、先の料金カバレッジ指標と違うのは、分子にくる収益部分が分母たる経費部分より小さいのが常であるということだ。これを踏まえて「本人3割負担」を料金カバレッジ指標の文脈で解釈すると次のようなメッセージが透けてみえる。医療費のうち患者本人の受診料金から回収するのは3割に過ぎず、保険者が残りの7割を補てんしています。健康な加入者が助け合いの精神で拠出する保険料で賄っているのですから医療費は節約してつかいましょう、と。
これとよく似た算式が地方公共団体版の「損益計算書」とされる行政コスト計算書にある。もっとも損益計算書とは似て非なるもので、行政サービスのコストを見積もって住民に示す。行政サービスはタダではない。放置自転車の撤去も図書館の運営にも行政コストがかかっている。行政コストは大雑把に人件費と経費と減価償却費を加算して求める。減価償却費は施設整備費を使用期間にならして単年度当りコストに換算したものだ。施設整備費に人件費と材料費その他経費を加算して求めている。さらに、ここから使用料や手数料など受益者負担分として徴収したものを差し引いて、行政コストの正味額を計算する。行政コストの正味額は必ず赤字になるが、これが税金で補てんされる計算の脈絡が、行政コスト計算書の次のページにある「資金収支計算書」上に辿ることができる(※6)。計算式から察するに、行政コスト計算書は、行政コストが住民から拠出される税金で補てんされるにあたって内容をつまびらかにすることで納得性を高める役割を果たしているように思う。健康保険の利用明細書と同じ文脈が透けてみえる。そういえば行政コスト計算書の根底には税金をサービスの対価ではなく住民の拠出とする考え方があった。これを「収益説」に対して「拠出説」という。
さまざまな事例で述べてきたが、このように、民間企業でいえば利益率に相当する算式でも、それを活用する主体によって算式の形はことなり、背後には財政運営のあるべき姿にかかる考え方の違いがある。地方自治体の世界で使われる財務分析指標は、少なくとも利益率の算式に込められているような、「利益を最大化すべく工夫せよ」というものではない。ただ、ひるがえって考えると、企業経営のコンセプトのもと、地方自治体と住民の関係を、行政サービスの提供者と受け手の関係で捉え、効率よく行政サービスを提供し顧客満足度を高めるニュー・パブリック・マネジメント(New Public Management、NPM)の考え方が地方行政に採り入れられている。ふりかえってみれば民間の考え方を取り入れた行政経営が盛んであるが、そのエッセンスを咀嚼し民間流のサービス精神を植えつけようと思うのであれば、分析指標を民間のそれに合わせることがまずは重要ではなかろうか。(※7)
(※1)経常収支比率について、文中ではわかりやすさを優先し簡単に述べたが、正確な算式は経常経費に充当される経常一般財源 ÷経常一般財源の額。経常収支比率は財政構造の弾力性を判断する指標であり、比率が高いほど財政の硬直化が進んでいることを示す。エンゲル係数と似たような概念で、家計にたとえると、家賃、食費、借入返済など義務的経費に充てる経常収入が多いと自由に使えるお金が少なくなるというようなものだ。
(※2)地方自治法 第208条第2項(会計年度及びその独立の原則)
(※3)地方財政法 第5条(地方債の制限)
(※4)水道法 第14条第2項第1号(供給規程)
(※5)地方公営企業法 第21条 、同第2項(料金)
(※6)次の記事を参照。
行政キャッシュフロー計算書は地方公会計の論点にどう答えるか~発生主義、複式簿記など~」2010年11月24日付コンサルティングインサイト
(※7)たとえば地方公共団体であれば行政キャッシュフロー計算書と分析指標の「債務償還可能年数」、「有利子負債月収倍率」、「行政経常収支率」詳しくは(※6)を参照。水道事業でいえば厚生労働省「水道版バランススコアカードを活用した事業統合効果の評価検討書」にある「修正損益計算書」とこれに基づくキャッシュフロー分析指標。詳しくは次の記事を参照。
地域主権時代における水道事業の評価手法『水道版バランススコアカード』」2010年9月15日付コンサルティングインサイト

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