地域・パブリック 経済・ビジネストピックス
効果的な人材育成のための地域協力を考える

2010年12月29日

  • 常務理事 金森 俊樹

今日、途上国が経済発展を遂げるためには、人材育成(およびそれを通じての組織強化、capacity building)が不可欠であり、また最も重要な要素のひとつであるという認識が一般的になってきており、技術者の育成支援に加え、途上国の政策担当者に対し、マクロ経済政策や産業政策などをどう企画立案していくのかというような面での支援強化の必要性が認識されてきている(※1)。とくにその際、単に経済理論を教えるということではなく、具体的な事例に即し、実践的なケーススタディを行う方向にあるようで、これ自体は、支援を効果的なものにするためには、望ましい方向と言える。ただ、その際、いくつか留意すべき点もあるように思う。3点ほど指摘したい。

第一に、途上国の政策担当者は、必ずしも、経済理論や統計学の基本を習得しているとは限らない。また経済政策を担当する組織の態様も、大きく異なっている場合がある。とくに、市場経済移行国の政策担当者、なかでも上級幹部になればなるほど、なお、旧社会主義計画経済体制の下で、「経済学」を学んだという年齢層も多く、注意が必要だ。かつて筆者が、中央アジアの旧ソ連に属していた国々の政策担当者を対象とした研修に参画した際、中央銀行の役割についてもうひとつ意見が噛みあわず、結局、相当時間を費やしたあげく、同じように中央銀行と言っているが、これらの国の中央銀行は現状まったくその機能や役割が異なり、前提条件のところで、大きな認識の齟齬があることが判明したという経験がある。人材育成支援を行う場合、まず彼らの教育背景や、当該国の経済構造、それに対応する政府等の組織構造がどうなっているかをよくチェックした上で、理論と実践的な事例研究のバランスをよく考えることが重要である。他方で、国にもよるが、若手の政策担当者には、留学で米国流の経済理論を学び、それを金科玉条にしている者も増えている。これは、次の第二の点にも関連してくるが、えてして自国の実態を無視した政策を杓子定規に考える傾向が強くなるという問題をはらんでいる(※2)

第二は、事例研究と言っても、どのような事例を使用するのかという問題がある。かつて、ホーチミンを訪れた際、米国のハーバード大学が現地のホーチミン経済大学の協力を得て運営している、ベトナムの政策担当者を対象にした公共政策大学院の講義風景を視察する機会があった。まさに実際の事例に基づいて討議を行っているところで、なかなか興味深いものがあったが、そこで討議していた事例は、米国のある地方政府がいかに規制緩和をして効果があがったかというようなもので、果たしてそうした事例が、ベトナムの地方政府にとって役に立つものかどうか、やや疑問を持ちながら聞いたことを記憶している。もちろん、討議の過程で、ベトナムはこれこれこういう点で諸条件が違うので、米国の事例は参考にならないという議論に発展すれば、それはそれで意味がないことはないが、先進地域の経験を伝達するという点では、細心の注意が必要である。(ところで、この公共政策大学院の大きな特色のひとつは、現在に至るまで一貫して、通訳付きの現地語でやっていることである。言語がネックになる場合が多い中で、この点はもちろんそれだけ手間のかかる話ではあるが、より広範な中堅政策担当者を対象に出来るという点では、従来あまりなかったものとして評価されている。)

現代経済学自体が欧米を中心にして発達してきた関係上、どうしてもその発展モデルに依拠して欧米の事例が参考にされることが多いが、やはり、アジアなり途上国それぞれの歴史的背景、文化、現在の発展段階などを充分考えて、事例を選択することが必要だろう。この面では、日本として貢献できることが、まだまだあるように思う。この関係で言えば、以前から、たとえば「日本型発展モデル」というものがあるのではないかといった議論があった。残念ながら、バブル崩壊後の1990年代の「失われた10年」を契機に、途上国のこれに対する関心は薄れた感があるが、その間、ニューエコノミーということでもてはやされた米国も、現在は再び経済的に困難な局面を経過しており、途上国からすれば、先進国のどういった発展モデルを参考にしていくべきなのか、なかなかわかりづらいというのが現状だろう。おそらく、先進地域のいろいろな発展モデルそれぞれに、プラスの意味でもマイナスの意味でも、教訓として学ぶべき点があるということであろうが、問題は、そうした中で、「日本型発展モデル」と言っても、それは、なんとなく、経済発展の初期段階では、「政府の役割、産業政策といった政府の介入が有効」、「市場だけに委ねるべきでない」といったことが特色のようにされているが、理論的にそれが優れている、あるいはどういう諸条件の下であればその方がよいのか、残念ながら結局、説得的な理論モデルとしては、整理されないままで現在に至っていることだ。かつて、アジア各国の発展を、連鎖的、時系列的に説明する「雁行形態の理論」(※3)というものもあった。それはそれで精緻化されてきたようであるが、閉鎖経済の内的発展モデルとしては、少なくとも、「新古典派モデル」に対峙するような意味での理論的枠組みは、筆者の知る限りではない。多くの途上国が、なお日本の政策金融の仕組みや産業政策の歴史に関心を示している。旧日本開発銀行が、高度成長期に実際にどういった役割を果たしてきたかなどは、これまでもアジアの途上国にも紹介されてきたが、途上国や国際援助組織などに、さらに「売り込む」ためには、アカデミックな面での理論的枠組み強化が不可欠だろう。

第三に、こうした人材育成面で協力を行う際には、それを効果的にしていくため、途上国参加者からのフィードバックとフォローアップが不可欠である。受けた支援がどう評価されているか、その後の実際の政策立案でどう役に立ったのか、立たなかったのかなどの点である。ただ、現実には、参加者から率直な評価、本音を得られるかどうかはなかなか難しいものがあり、また彼らの反応を額面通りに受け取ってよいかどうか、常に注意する必要がある。たとえば、研修の実施国や実施機関に遠慮して、または継続的に同様の協力を受けるため、「大変役に立った」と回答する参加者が多いかもしれない。また参加者の母国の上司に対し、参加者が母国に戻ってから、実際の政策の企画立案で研修の成果を活用しているかどうかといったことを聞いても、必ずしもそうしたフォローアップの体制が出来ていないなどの問題に直面することが多い。フィードバックとフォローアップの体制を整えることにより、人材育成支援をより効果的なものにしていくことが期待でき、また、副次的効果として、人材育成支援を通じて、途上国の政府、政策担当者らとの人的パイプも長期的に維持発展させていくことができる。

(※1)この方面での比較的以前からの試みとしては、1994年から、ハーバード大学が、ベトナムのホーチミン経済大学と共同で、ベトナムの中堅の政策担当者を対象として、現地で公共政策プログラムを実施している(現在、2008-2010年のフェーズ)。また、ADB等国際援助機関が、援助資金供与とならぶ通常の業務の一環として、人材育成、組織強化を目的とした知的支援(Technical Assistance TA)を供与している。通常、TAは、インフラ・プロジェクトのフィージビリティ・スタディが中心であるが、アドバイザリー的知的支援(Advisory TA、AOTA)、地域協力知的支援(Regional Technical Assistance, RETA)が、人材育成TAになる。ADBが、2004年に日本の拠出による「公共政策トレーニングプログラム(Public Policy training Program, PPTP)」のための基金の運用を受け入れ、メコン地域の市場経済移行国であるベトナム、カンボジア、ラオス3カ国の、やはり中堅政策担当者を対象に実施している(現在2007-2010年の第二フェーズ)のは、特定の地域を対象としたRETAである。

(※2)以前、上海の金融関係者が、金融政策の企画立案をする北京の人民銀行本行の若手エコノミストは、金融の実態を知らないまま、米国流の経済理論だけを基に現実離れした政策を打ち出すので困ると言っているという話を聞いたことがある。上海の北京に対する「対抗意識」のようなものもあるのかもしれないが、こうした声もあってか、近年、人民銀行上海分行の権限が強化されてきたと聞く。

(※3)多国間の産業の比較優位から、消費財、次いで生産財について、輸入⇒国内生産⇒輸出のサイクルが、各国に連鎖的に生じていくとするもの。英語でも、”Flying Geese Theory”として知られている。この見方に対しては、多国籍企業の台頭、途上国における先端産業の発展、逆輸入など、新たな現象を踏まえ、もはや今日、妥当しなくなったという主張も多い。

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