新退職給付会計基準適用までに検討すべきこと

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  • コンサルティング第三部 主席コンサルタント 市川 貴規

2012年5月17日に企業会計基準委員会(ASBJ)から新退職給付会計基準が公表された。これによれば、2014年3月31日には連結決算ベースでの未認識項目の即時認識、翌日4月1日には新旧両会計基準によるPBOの差額(PBOの計算手法の違いによって発生する差額)に対する利益剰余金での調整が必要になる。いずれにしても企業の財務諸表に多大な影響を与えることが懸念される内容である。しかしながら、多くの企業の担当者から、「基準が公表されたことは認識しているが、実際何をしたら良いのかわからない。」といった声が多く聞かれる。そこで今回は、これから新退職給付会計基準適用までの間に各企業担当者が検討しておかねばならない内容について整理してみる。


●退職給付会計基準に関する情報収集
今回の会計基準の改正は、2000年に退職給付会計基準が導入されて以来の大きな改正であるが、変更になる会計処理方法はもちろんのこと、PBOの計算手法についても、今まで以上に理解を深めておきたい。新しいPBOの計算では、与えられた複数の選択肢の中から自社が採用する方法を決める必要があり、さらに選択によっては、自社の退職給付の特性を反映した補正計算も織り込んでいかなければならない。これまでのように「計算委託会社にすべての判断を任せてしまう方法」や、「計算ソフトによる機械的な判断だけを根拠とする手法」だけでは対応ができなくなってしまうことになる。今後については、会社側が計算手法の決定に大きく関与した上で、計算委託会社とともに計算手法の選択や補正計算方法の検討を行う、もしくは自社計算ソフトにその補正計算の内容を反映していくことになるため、企業担当者にもPBO計算に関する一定水準の知識が求められることになる。


また、以下に示す社内業務フローの再チェックや会社財務諸表への影響把握を正しく行うためにも、PBOの計算手法に関する情報収集は重要である。当該内容は、非常に専門的で難しい内容ではあるが、当サイトのPBO『退職給付債務(PBO)計算サービス』にその概要を纏めた資料があるので、是非参考にして頂ければと思う。


●退職給付会計計算業務に関する方針と業務フローの再チェック
今回のPBOの計算手法の変更に伴い、様々な点で業務フローの再チェックが必要になる。例えば、以下のような内容が考えられる。


(1)「割引率の設定」に関して
割引率については、「金額加重平均年数に基づいた割引率」か「イールドカーブを用いた複数の割引率」のいずれかの選択が求められる。さらにそこで使用する割引率は、これまで利用してきた利付債券の利回りをそのまま採用するのではなく、当該利付債券を利用して作成した割引債券の利回り(スポットレート)を使用することになる(※1)。つまり、このスポットレートを作成するプロセスや金額加重平均年数を算出(入手)する方法を新しく検討しなければならない。さらに割引率は期末日ベースのものを使用することが原則であることから、重要性基準の判定を行うためにも、期末日時点のスポットレートを適宜入手できるようにしておくことも大切なポイントである。


(2)「給付の期間帰属」について
給付の期間帰属については、「期間定額基準」と「給付算定式基準」の選択となる。後者を選択する場合には、補正計算の必要性について別途分析し、会計監査人の了解を得ることになる。この必要性判断のための定性・定量分析をどのように進めていくか前もって検討しておかねばならない。


(3)自社計算ソフトについて
自社計算ソフトを利用している会社は、新退職給付会計基準の導入により、これまで以上にPBO計算業務が複雑化し専門性が求められることになる中、自社内でこういった分析が可能かどうかの検証が必要である。また、当該計算業務が担当者個人の属人的な業務になってしまっているケースも多く、担当者が交替してしまった段階で、その計算内容を正確に引き継ぐことは非常に難しいと思われる。結果的に、自社内で計算をしているにも関わらず、その内容については誰も理解していないといったブラックボックス的な業務になる可能性が、今まで以上に高くなる点に留意しておく必要がある。


(4)計算委託会社について
各企業の担当者は、限られた時間の中で会計基準の概要を把握し、「割引率の設定」や「給付の期間帰属方法」を検討しなければならない。そのためにも計算委託会社の役割は非常に重要であり、情報提供は十分であるか、スポットレートの提供を依頼できるのか、個社毎のきめ細かなサポートを提供できる体制が整っているか、等を確認しておく必要がある。


●新退職給付会計基準導入による会社財務諸表への影響把握
PBOの計算手法が変更されることにより、PBOの額は大きく変動することが予想されるため、早い段階での試算を行うことをお勧めしたい。この試算には、「給付算定式基準における補正計算」やその内容に関する「会計監査人との意見調整」まで行うことを想定しておかねばならない。自社内の判断のみで結論付けたとしても、会計監査人の考えと異なった場合には思わぬ修正を求められることにもなるため、事前に会計監査人の確認を取っておくことは大切である。


弊社においても、順次、新退職給付会計基準におけるPBOの概算数値の試算を始めているが、「割引率設定」、「給付算定式基準」、「補正計算」、「会計監査人との意見調整」と議論を進めていくと、関係者間のスケジュール調整等もあり、どうしても4~6ヶ月程度の期間が必要となる。また、金額的重要性から2013年度上期中(新基準適用の半年前)には、その影響を把握しておきたいと考えるならば、遅くとも2012年度中には業務フローの再チェックを終わらせて、2013年期首には試算を開始できるように準備を進めておきたい。


●企業経営の観点から見てみると
新基準適用まで残り1年8ヶ月あるが、この期間は、PBO計算手法の変更を考慮した退職給付会計基準対応といった観点で考えれば、非常に短い期間である。人事・経理財務・経営・外部の会計監査人や年金数理人といった複数の関係者が互いに協力して準備を進めなければならない。企業担当者の行動を起こすタイミングが遅ければ遅くなるほど、検討する時間は短くなり、企業が取り得る選択肢の幅も限られてくる。逆に早い段階でPBOの増加が把握できるのであれば、結果として減少してしまう財務諸表上の純資産への対応策も別途検討することもできよう。純資産の変動は、経営にとって重要な問題である。そのような観点からもまだ何も着手できていない企業担当者は、早急に情報収集から始めていく必要がある。

(※1)コンサルティングインサイト「実務上対応は可能か?基準改正後のイールドカーブを使用した退職給付債務計算」(2011年10月12日)ご参照

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