退職給付会計基準が公表 ~連結・個別財務諸表で取り扱いに差~

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  • データアナリティクス部 主任コンサルタント 逢坂 保一

退職給付会計基準(「退職給付に関する会計基準」及び「退職給付に関する会計基準の適用指針」)が改正され2012年5月17日に企業会計基準委員会から公表された。2010年3月18日に公表されている公開草案からの主な変更点について確認してみたい。


基準改正の主なポイントは、退職給付債務(PBO)及び勤務費用の計算方法の変更(割引率の設定方法の見直し、退職給付見込額の期間帰属方法の見直し)、並びに貸借対照表における未認識項目の即時認識の2点である。


このうち、PBO及び勤務費用の計算方法の変更については、内容的には公開草案と同様であり、以下のように表現が改められているのみである。

PBO及び勤務費用の計算方法の変更

割引率については、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならないとし、以下の方法が含まれるとしている。

  • 退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法(金額加重平均期間による単一の割引率)
  • 退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法(イールドカーブを用いた複数の割引率)

公開草案では、給付見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用することを原則的な考え方とし、こうした考え方に従ってPBOを算定した結果と金額加重平均期間による単一の割引率を使用して算定した結果が近似することも考えられることから、実務上の取り扱いとして金額加重平均期間による単一の割引率の使用を認めていた。新基準では、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映した割引率として、上記の2つの方法の併記となっており、2つの方法による結果の関連についての記載はない。


退職給付見込額の期間帰属方法については、現行基準では原則となっている「期間定額基準」か、給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積もった額を各期の発生額とする方法である「給付算定式基準」のいずれかを選択することになる。ただし、給付算定式基準を選択した場合で、勤務期間の後期における給付算定式に従った給付が、初期よりも著しく後加重となるときには、この期間の給付が均等に生じるとみなして補正した給付算定式に従う必要があるとしている。


公開草案では、新しい期間帰属方法を「給付算定式に従う方法」、また著しい後加重時の補正について「定額補正」と表現していたが、新基準では、新しい期間帰属方法を「給付算定式基準」、著しい後加重補正については「均等補正」と表現が改められている。

貸借対照表(B/S)及び損益計算書上(P/L)における未認識項目の処理方法

2つ目のポイントである未認識項目(数理計算上の差異、過去勤務費用)のB/S上での取り扱いについては、連結のみ即時認識となり、従来の未認識債務も含めて「退職給付に係る負債」として計上するとともに、未認識債務については「その他の包括利益累計額」に加減するとされた。一方、P/L上の取り扱いは、現行基準通りの遅延認識であり、連結のみB/Sで即時認識するため、未認識項目のうち当期に費用処理されない部分を「その他の包括利益」を通じて「その他の包括利益累計額」に計上し、その後、退職給付費用として遅延認識する際に「その他の包括利益」の調整(リサイクル)を行う。


公開草案では、連結・個別財務諸表で取り扱いに違いはなかったが、新基準では、連結財務諸表のみB/S上、即時認識となり、個別財務諸表は現行基準と同じ取り扱いとなった。未認識項目の金額が大きい場合には、新基準適用時に連結でのB/Sは大きな影響を受け、個別でのB/Sは影響を受けないということになる。

新旧退職給付会計基準によるPBOの差額調整

ただし、PBOの差額調整に関しては、連結財務諸表でも個別財務諸表のいずれにおいても行われることに注意する必要がある。PBO及び勤務費用の計算方法のうち、見直しとなった「割引率の設定方法」、「退職給付見込額の期間帰属方法」の選択肢の組み合わせを決定し新基準によるPBOを算出し、新旧基準によるPBOの差額が把握される。この差額は、見積数値と実績との差異または見積数値の変更等によって発生する数理計算上の差異とは整合しないとの理由から、利益剰余金に加減することになっている。PBOの差額による利益剰余金への加減は、未認識項目と違い連結財務諸表でも個別財務諸表でも行われることになる。

連結・個別財務諸表上での会計処理の違い

連結・個別財務諸表上での会計処理の違い

個別財務諸表では、未認識項目があってもB/Sで即時認識はされないが、PBOの差額は利益剰余金に加減されB/Sに影響する。こうした違いは、PBO及び勤務費用の計算方法の変更によるPBOの差額が大きい場合に影響が大きくなる。PBOの差額には、退職給付見込額の期間帰属方法の見直しによるものも含まれるが、ここでは割引率の設定方法の見直しによるPBOの変動が大きい場合を想定して、簡単な例で考えてみる。

ケース1

  1. 現行基準:割引率2.0%
    最近の金利低下で割引率変更の可否を検討したが、PBOの変動が10%以内であるため重要性基準により見送り
  2. 新基準適用後:割引率1.0%
    割引率を、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものとして設定した結果、金額加重平均残存勤務期間が平均残存勤務期間より短くなり、割引率は1.0%となった。
    現行2.0%から設定見直しにより1.0%へ引下げ
    割引率設定見直しの影響がPBOの差額に反映
  3. 財務諸表への影響
    新基準適用時の割引率の設定見直しにより割引率引下げの影響が反映されたPBOの差額が利益剰余金に加減されるため、連結・個別ともにB/Sへ影響(利益剰余金の減少)。連結・個別ともに費用計上はなし。

ケース2

  1. 現行基準:割引率2.0%⇒1.0%
    最近の金利低下で割引率変更の可否を検討し、2.0%から1.0%に引下げ
  2. 新基準適用後:割引率1.0%
    割引率を、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものとして設定した結果、金額加重平均残存勤務期間が平均残存勤務期間より短くなり、割引率は1.0%となった。
    現行1.0%、設定見直しでも1.0%
    割引率設定見直しの影響はなく、PBOの差額はなし
  3. 財務諸表への影響
    新基準適用前に割引率を変更し引き下げたことによる未認識数理計算上の差異が連結で即時認識のためB/Sへ影響(資本減少)、個別では遅延認識のためB/Sへ影響なし。連結・個別ともに遅延認識により費用計上。

このように、新旧基準によるPBOの差額は、連結だけでなく個別でもB/Sへ影響する。また、未認識項目が小さく連結への影響が小さくてもこのPBOの差額が大きければ、連結・個別ともにB/Sへ大きく影響してくる。そのため、PBO及び勤務費用の計算方法のうち「割引率の設定方法」、「退職給付見込額の期間帰属方法」の選択肢の組み合わせを決定し、新旧基準によるPBOの差額を事前に把握しておくことが不可欠ではないかと思われる。

新基準の適用時期

新基準の適用時期(※1)については、未認識項目の即時認識が2013年4月1日以降開始する事業年度の期末(2014年3月31日)から、PBO計算方法変更が2014年4月1日以降開始する事業年度の期首(2014年6月第1四半期)からとされている。「退職給付に関する会計基準」の「結論の背景」によれば、PBO等の計算方法変更は、「年金数理計算のために一定の準備期間を要するという意見」を考慮して未認識項目の即時認識よりも遅らせている。


PBO及び勤務費用の計算方法のうち「割引率の設定方法」、「退職給付見込額の期間帰属方法」の選択肢の組み合わせの検討、新基準によるPBO等の連結・個別財務諸表への影響の把握など新基準への移行準備には相応の時間を要する。場合によっては、新基準の適用前に割引率の変更等に対応する必要もある。新基準の適用まで残された時間は長くはない。

(※1)早期適用は、未認識項目の即時認識が2013年4月1日以降開始する事業年度の期首(2013年6月第1四半期)から、PBO計算方法変更が2013年4月1日以降開始する事業年度の期首(2013年6月第1四半期)からとされている。

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