企業経営
官主導のコーポレートガバナンス改革の本質的な意義

2015年7月15日

  • コンサルティング・ソリューション第二部 主席コンサルタント 樺澤 敏男

緒言

安倍政権の成長戦略の中核である『「日本再興戦略」改訂2014』(※1)で、コーポレートガバナンス改革を通じて、日本の企業の「稼ぐ力」を強化することが掲げられて以来、世は百家争鳴の諺の如くガバナンス議論が盛り上がっている。

こうした中、スチュワードシップコード、改正会社法、コーポレートガバナンスコード等のインフラも矢継ぎ早に整えられ、各企業はコンプライ・オア・エクスプレインの原則主義に基づいたガバナンス体制構築の対応に追われている現状である。

ところで今回のガバナンス改革は官主導であることが大きな特徴である。なぜ官なのか?なぜ今ガバナンスなのか?

歴史:過去のガバナンス議論

筆者の記憶に残っているところでは、過去20年間コーポレートガバナンスの議論が盛り上がったことは3回ある。

1度目は1990年代後半。バブル崩壊後、企業はその後遺症である過剰人員、過剰債務、過剰設備という3つの過剰の整理の中、縮小均衡を繰り返し、日本は長いデフレの時代に突入した。日本が失われた10年といわれたこの時期、対照的に冷戦を勝ち抜いたアメリカが黄金の90年代を演出し、アメリカ企業の高収益の原動力はその企業統治体制にあると脚光を浴び、日本の企業もグローバルスタンダード(実際はアメリカンスタンダード)に合わせたガバナンス体制を構築しなければならないという文脈で語られた。

終身雇用、年功序列、企業内組合の3種の神器に代表される雇用体制や現場力を重視したボトムアップやあらゆる階層のメンバーを巻き込んだコンセンサス重視の決定プロセスを特徴とした日本型経営。これらは企業への強い帰属意識、労使の協調関係構築、長期的視野の研究開発や設備投資を可能とし、戦後の高度成長を実現しJapan as No1とまで言われ世界の賞賛を浴びた日本企業の成功の要因と考えられていた。しかしこうした特徴がこの時期一転して経営の同質性から来る意思決定の遅れ、責任の所在の不明確さや問題の先送り体質として日本経済低迷の原因と指弾された。そして経営と執行の分離や株主重視の経営への変革の必要性が取り上げられた。

2度目は、90年代後半から2000年初頭、アメリカのエンロン事件と同じ類のコンプライアンス体制不備による不祥事が日本企業にも複数発生し、経営の透明性、公正性の担保という観点で2005年公布の会社法(※2)や2006年成立の金融商品取引法(※3)、2008年より適用されたJ-Sox(※4)などの法整備による内部統制の充実という動きに繋がった。また経営と執行の分離の具体的な組織形態として2003年4月施行の商法の特例に関する法律改正により、委員会等設置会社(※5)が導入された。

3度目は2005年ころから2008年リーマンショック前までに日本市場で活発に活動した国内外のアクティビストの出現から企業防衛の観点でコーポレートガバナンスが議論された。潜在的な価値が顕在化されず株価が割安に放置された企業は買収のリスクがあることが経営者に確認され、自社の企業価値向上や現金を始めとする不稼働資産の有効活用が図られる一方で敵対的買収防衛策が注目を浴びた。

いずれの機会も法改正等のインフラ整備も行われ企業は新しい統治体制の導入に背中を押されたが全体を省みれば日本企業の統治体制に大きな変革は起こらなかった。

そしてこの20年間、日本の企業の株主構成も大きく変わった(※6)。取引先を中心とした事業法人やメインバンクである金融法人との企業相互間の株式持ち合いは、会計ルールの変更や不良債権処理のため解消され、その結果、徐々に外国人株主や機関投資家が株主構成比率上多数を占めるようになってきた。要は「モノ言わぬ株主」から「モノ言う株主」への変化である。そうしたことを背景に外国人株主への説明責任を果たすためにもコーポレートガバナンス体制は国際水準に合わせる必要があるということがこの間折に触れ指摘され続けてきたのである。

今回のコーポレートガバナンス改革の本質的な意味合い(狙い)は何か?

「日本再興戦略改訂2014」において、コーポレートガバナンス改革の目的として儲けたお金を設備投資やM&Aに振り向け事業の拡大・成長への原資にすることや従業員の賃金アップ、株主への配当等で広くあまねく国民に還元し、持続的な景気の好循環を実現させることを掲げている。

今、政府の借金は1000兆円を超えた(※7)。GDP(※8)の約2倍。いうまでもなく先進国で類を見ない財政赤字である。少子高齢化の中で益々増加が見込まれる社会保障費や既発の国債償還のリファイナンスなどの歳入の不足を新たな国債の発行で埋め続けている一方でプライマリーバランス(※9)も毎年赤字の現状である。政府は2020年にプライマリーバランスの黒字化を公約に掲げているが、足元達成が危ぶまれている。日本国内の金融資産で政府の借金を賄えるうちは問題も顕在化していないがこの状態もそろそろ限界であり、放置しておくと国際的にみて日本の信任低下につながる。

したがって安倍政権の絶対的な使命は、デフレ脱却とプライマリーバランスの黒字化である。プライマリーバランスを黒字化し足元のフローの財政赤字を解消し、インフレを恒常化してストックの巨額の債務が計算上返済できる状態を一日も早く実現しなければならない。

そしてデフレ脱却のため緊急処置として放った第一の矢である異次元緩和の出口戦略を円滑に進めていかなければならない。

そのために、日本の企業がデフレの時代を生き抜くために借金返済や不稼働資産の売却などバランスシートをシェープアップして貯め込んで来た総計300兆円を超える内部留保を設備投資やM&A資金に積極的に振り向け拡大再生産を行う中で、さらなる雇用の拡大を実現したい。

そして財政再建の観点からは、先延ばしした消費税10%への引き上げを必ず実現する一方で、それによって景気に水を差さないように、企業が稼いだお金を賃金アップや配当という形で家計に還元し、最終的には消費につなげ持続的な景気回復につなげたい。

このように日本政府の再生のシナリオはデフレ脱却のための積極政策と財政再建という二律背反するテーゼをシームレスに達成していくという難易度の高い連立方程式である。

そのためのシナリオの土台が成長戦略であり、法人税や消費税による税収を増やして足元のプライマリーバランスの黒字化を図り財政再建の道筋を確かなものとする中核のエンジンが企業の収益力向上なのである。

こうした前提条件で再生シナリオは構成されているので、政府の目論見通り企業の稼ぐ力が向上しないと成長戦略のストーリー実現は頓挫し、更なる増税や歳出カットで国民に負担を掛けることになる。要するに政府が描く成長戦略の一丁目一番地に位置するものはコーポレートガバナンス強化による企業の稼ぐ力向上なのである。

インベストメントの観点からの考察

現状、1700兆円の個人(家計部門)が保有する金融資産(※10)の多くは銀行や保険会社を通じて国債の購入に充当され、国の財政赤字の補てんを行っている。

この1700兆円を超える個人金融資産のアロケーション(※11)も変えていかなければならない。アメリカと日本の金融資産ポートフォリオの違いを用いながら、「貯蓄から投資」と長い間言われ続けてきているが、その構造は変わらず、貯蓄商品が主要な割合を占めている。政府はこうした1700兆円を成長戦略の原資として再分配していく必要があると考えている。したがって国民の大切な金融資産を成長のためのリスクマネーとして振り向ける以上、そのお金を委託されて運用する機関投資家は、責任を持って運用し価値を創造していかなければならない。この文脈上にスチュワードシップコードがあり、投資対象である企業と建設的な対話を通じて持続的な価値を企業とともに創造し、株価を上げて長期的な運用パフォーマンスを実現していくという使命を担っている。

とりわけ少子高齢化で年金問題がフォーカスされている中、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が高齢化社会に備え必要な利回りを確保するため、株式投資の割合を増やす(※12)と決断を下したことは官の不退転の決意の象徴的な出来事ではないかと推察出来る。安倍内閣が株価に敏感なのは、株価は企業収益のバロメータであり、景気を映し出す鏡でもあり、政策の実現度合を図る評価になるからなのである。

それゆえに国民の金融資産を成長資金の原資として振り向けた以上、株主である機関投資家と株主のエージェントである社外取締役の重層的な経営の規律付けによる攻めのガバナンス体制を構築し経営者が企業収益向上を目指さざるを得ないという仕掛けを施したのである。

これがスチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードが車の両輪といわれる所以であり、インベストメントチェーンの高度化の意味するところである。

そしてリスクマネーの供給が増えていけば、表裏一体の関係にある調達サイドである企業側も長い間の間接金融依存から更なる直接金融市場の活用を通じて資金調達を行っていくことになるであろう。

こうして資本市場も厚みを増し、資金の供給と需要が直接市場で繋がれ、真の意味で「貯蓄から投資」も完成する。

企業は時代の変化を捉えてどう動くべきか

コーポレートガバナンス改革の目的である企業の「稼ぐ力」がこれまで以上に問われることになろう。ROEやROICなどの尺度で投資家は企業を評価してくることになる。伊藤レポート(※13)やISS(※14)が取り上げたROE8%や5%の数値は、収益性を計る目標や下限の水準となるであろう。

こうした中、モノ言う株主が多数を占めるグローバルに展開する大企業がガバナンス体制を整備し、稼ぐ力を向上させることは日本経済をリードする牽引役として大いに期待されるところである。しかし、今なお安定株主に守られて、外国人株主や機関投資家の保有比率が低い企業。主要マーケットは国内であり海外マーケットはほとんど関係ない企業。低収益ながらそれなりに黒字で配当も出している企業。これらの企業にとっては今回の改革は対岸の火事なのだろうか。おそらく答えは否であろう。

低収益性を放置して、自社の資本コストを上回る価値を創造できていない企業や非効率で採算性の低いマーケットは早晩大きな変化に遭遇することになるだろう。なぜならば今回の改革の行き着く先には産業構造のリストラクチャリングの波がやってくることが予想されるからだ。

デフレの中、必要最低限の雇用は守り続けながらも、コストカット優先の守りの経営を続け、その結果、日本の企業の収益性は先進諸国のそれと比べて著しく低下した(※15)。しかしこれからは稼ぐ力がクローズアップされてくる。

各企業が稼ぐ力を意識したとき、自らの属するマーケットが供給者過多による低採算性であればその是正のための業界再編も活発化するであろう。また非効率で採算性の低い業界があれば異業種参入による生産性向上も図られるだろう。

少子高齢化で人手不足となってくる中、これからの労働市場は買い手市場となり、低収益不採算の業界から高収益の業界への人の移動も起こってこよう。

結果として稼げない企業はいずれマーケットに淘汰されていく。競争による企業間の優勝劣敗が明確となり、マーケットメカニズムによる新陳代謝が起こり、その過程で成長する企業やマーケットが雇用創生を実現していくことになろう。

そういった意味で今回のコーポレートガバナンス改革は、グローバルに展開する大企業だけでなくコーポレートガバナンスコードが対象とする企業すべてに突き付けられた大きな経営課題なのである。

(※1)平成26年6月24日閣議決定された安倍政権の第3の矢である成長戦略の具体的な施策.
(※2)2005年6月国会で成立、2006年5月に施行.これに伴い、かつて会社法としての役割を果たしていた「旧法」、有限会社法、商法特例法または監査特例法等は会社法典に統合、再編成された.
(※3)金融・資本市場をとりまく環境の変化に対応し、幅広い金融商品を対象に,開示制度,取扱業者への規制の枠組みを包括的に設けて,国民経済の健全な発展と投資者の保護に役立てることを目的として証券取引法を 2006年に全面改正し名称変更した.
(※4)情報開示の信頼性を確保するために、企業の内部統制の充実を図るべきとの視点から、金融商品取引法等において規定された内部統制整備の制度.これにより内部統制報告書の提出が求められるようになった.
(※5)当初は、商法特例法上の大会社ないしみなし大会社のみが導入することができ、初年度に導入を決定した企業は36社.2006年会社法において、委員会設置会社に名称が変更され、2015年の法改正により指名委員会等設置会社として引き継がれている.
(※6)東京証券取引所など全国4証券取引所の2013年度の株式分布状況調査によると、外国人の株式保有比率は30.8%.一方で2013年9月5日のSankei Bizによれば、持合比率は最も高かった1992年49.6%から2012年には16.8%まで低下している.
(※7)2014年5月9日財務省は、国債や借入金を合わせた「国の借金」が2013年度末で過去最大の1024兆9568億円となったと発表した.
(※8)2014年の名目GDPは概算490兆円.
(※9)2014年度の一般会計予算は約95.9兆円.歳出の中では社会保障費が約30兆円(31.8%弱.)、国債の元利払いに充てられる国債費が約23兆円(24.3%).一方で歳入に占める国債依存度は約41兆円(43%)となった.基礎的財政収支(プライマリーバランス)も依然としてマイナス18兆円である.
(※10)日銀の資金循環統計によると2014年度末時点で個人(家計部門)の保有する金融資産は1708兆円(前年度比5.8%増)である.
(※11)日本銀行の資金循環の日米比較によると日本は現預金51.7%、債券1.6%、投資信託5.6%、株式10.8%、保険/年金準備金26%等になっている.一方アメリカは現預金13.3%、債券4.5%、投資信託12.9%、株式34.3%、保険/年金準備金32.1%等となっている.
(※12)2014年10月31日から株式の構成割合の目標値を従来の12%から25%に引き上げることを発表した .
(※13)2014年8月経済産業省から「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトにおいて最終報告書が公表された.(通称 伊藤レポート)この中で資本コストを上回る企業が価値創造企業であり(中略)8%を上回るROE を最低ラインとし、より高い水準を目指すべきと述べられている.
(※14)Institutional Shareholder Services Inc.(ISS)は2015年度の議決権行使助言方針の中で過去5期の平均のROEが5%を下回る企業の経営トップの選任に反対を推奨すると発表した.
(※15)前述、伊藤レポートによれば2012年の日米欧のROEを比較すると各々5.3%、22.6%、15.6%であった.

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