企業経営
退職給付会計基準の変更:資本市場に対する説明責任を果たせ

2012年6月6日

  • コンサルティング・ソリューション第一部 深澤 寛晴

5月17日、企業会計基準委員会(ASBJ)より退職給付に関する会計基準の変更が発表された。最大のポイントは積立不足(退職給付債務(PBO)と年金資産の差)がバランスシート(以下BS)に即時計上されるようになることだ。退職給付会計では運用損益等は一定期間かけて償却処理される。退職給付(年金・退職金)の長期的な性格を反映する処理だが、問題は償却を終えていない部分の取り扱いだ。現行基準ではBSに計上されないため、積立不足の一部が簿外債務となっているケースが多い。新基準ではこれが全てBSに計上される。これに伴って負債が増加して自己資本(※1)が減少するから、自己資本比率は低下する。単純な例で示そう(下図)。

図.退職給付会計基準の変更の影響(例) 注:法人税率は40%と仮定。

この例では、新基準を適用すると自己資本比率は50%から42%に低下する上、今後は年金資産の運用損益等によって自己資本が毎期変動する。10%の運用損失(期待運用収益からの乖離)が生じれば自己資本は4.5(=75×10%×(1-40%))減少する。ROEが5%とすれば約1年分の利益が吹き飛ぶ計算だ。年金資産の運用で損失が生じるような市場環境では、政策保有株式等でも損失が生じている事態が想定されるから、財務健全性に与える影響は小さくない(※2)。本例ではPBOが自己資本と同額かつ簿外債務も自己資本の20%に達する企業を想定している。日経300指数採用企業で見ると2010年度末時点でPBOが自己資本を上回る企業は11社、簿外債務が自己資本の20%を超える企業は6社(※3)あるから、大勢ではないものの現実に起こり得る例と言える。

新基準が適用されれば、退職給付の負担の大きい企業ではBSの数値の変動が大きくなることは間違いない。年金資産の運用損益等による変動は市場リスクと位置付けられるが、問題は資本市場に対する説明責任だ。近年では中期経営計画等で自己資本利益率(ROE)やDEレシオ等の財務指標に言及する企業は少なくない。従前に比べればBSの数値に関して資本市場と議論する機会は増えているようだ。しかし、このような市場リスクとBSの係わりを資本市場に対して十分に説明できている企業がどれほどあるだろうか?「日本の経営者は事業に関しては熱心に語るのに、なぜBSに関しても同じように語ってくれないのか?」筆者が外国の機関投資家と議論した際に問われ、答えに窮した質問だ。持合い解消が進む中、資本市場との関係を再構築することが求められている(※4)。新基準の適用は2014年3月末とされる。退職給付等の市場リスクを含むBSのコントロールに関しても十分に説明できるような準備をしておくべきだろう。

(※1)株主資本とその他包括利益累計額の計。
(※2)詳細は拙稿「バランスシート劣化懸念の背景には・・・」(2009年3月4日付コンサルティングインサイト)を参照。
(※3)ちなみに簿外債務が自己資本の10%を超える企業は36社に達する。なお、日経300指数採用企業は2011年3月末時点。
(※4)詳細は拙稿「ポスト持合い時代への対応」(2012年4月4日付コンサルティングインサイト)を参照。

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