日中韓の需要が支えるフランスの皮革産業

国際産業連関表からみる物欲の偉大さ

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  • 金融調査部 研究員 中 澪

エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトン——。両手に抱えきれないほどの高級ブランドのショップ袋。伊勢丹通いのたびに目にしてきた、中国をはじめとした東アジアからの旅行者の姿である。このような人たちも大勢いることを思えば、自分の浪費が全く気にならなくなるので、おそろしい。


一体、東アジアの人々は欧州の高級ブランドをどれほど買っているのだろうか?貿易統計でフランスの皮革製品輸出額(約63億ドル)に占める国・地域別の割合を見ると、1位は香港で、全体の21.1%を占める(2011年)。日本と韓国はそれぞれ11.1%(2位)、3.3%(9位)と上位に位置し、直感的にも納得できよう。しかし、中国の割合は2.6%(12位)に留まり、統計が示す数字と実感とのかい離はあまりにも大きい。


実は、香港は欧州の高級ブランドの多くがアジアにおけるフラッグシップと位置づけ、直営店はもちろん、免税店やショッピングモール、アウトレットが集積している。しかし、それらの主要なターゲットは香港に住む人々ではなく、本土から買い物に来る中国人である。偽ブランド品の横行から、中国人は直営店でさえも自国で売られている商品は信用せず、香港や日本で買うことが多い。そうでなくとも、「シャンゼリゼ通りの本店で買いたい」「海外旅行の際に免税店で買いたい」等、あえて自国以外で購入する場合も多いのが、この産業における消費者行動の特徴として挙げられる。こうした実態までは、二国間における財の取引のみを示す貿易統計では捉えることができない。
そこで、本稿ではアジア開発銀行(ADB)が作成する国際産業連関表“Multi-Regional Input-Output Tables(ADB MRIO)”を使用し、フランスの皮革産業に対する日中韓の需要を分析してみたい(※1)。国際産業連関表(※2)は、財・サービスの国際的な取引を構造的に示す表で、各国・各産業の生産と各国・各最終需要項目の関係を分析することができる(※3)


図表は、2000年と2011年において、フランスの皮革産業の生産がどの国の最終需要によって誘発されたのか、需要国別にその金額(生産誘発額)と割合(生産誘発依存度)を示したものである。
2000年から2011年の変化に注目すると、日本の生産誘発額は7億8,000万ドルから4億1,000万ドルへと、半分近くにまで減少している。生産誘発依存度は24.1%から9.8%と、14.3%ポイント下落。一方で、中国の生産誘発額は2億ドルから9億ドルへと、4.5倍に増加している。生産誘発依存度は6.1%から21.5%へと、15.4%ポイント上昇。韓国は2000年に4,600万ドル(生産誘発依存度は1.4%)だったのが、2011年には3億5,000万ドル(同8.4%)と躍進している。

フランスの皮革産業における生産誘発構造

その結果、フランスの皮革産業は生産の39.6%を日中韓の最終需要に依存する構造となった。また、日本への依存度を低下させながら、代わって中韓への依存を強めてきたことがわかる。但し、ここで注意しなければならないのは、日本の皮革産業における輸入関税は、皮革製品(バッグや財布等)で8~16%、履物(革靴)で30%または1足あたり4,300円のいずれか高い方と、高関税が課せられている点だ。逆に、高い関税障壁が存在する中でこれだけの需要があると考えれば、日本の関税撤廃による需要の拡大余地は中韓以上のポテンシャルを秘めているのではないだろうか。


見た目は華やかでも、欧州の皮革産業は内憂外患を抱え、フランスも例外ではない。良質な原皮の不足や環境・労働規制の強化等、業界を取り巻くビジネス環境には解決困難な課題が多い。そこに欧州特有のファミリービジネスがもたらす後継者問題といった業界の内部事情も複雑に絡んでいる。現状、フランスの有名ブランドで独立を保っているのはエルメスとシャネルだけだ。大半のブランドは単独では存続不可能で、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)やケリング等、コングロマリットの傘下に収まることで生き残りを図ってきた。


そうした中で、かつての日本から中国へと主たる担い手は移り変わりながらも、日中韓の需要(=物欲)はフランスの皮革産業の存続と発展に少なからぬ貢献を果たしているといえよう。このように考えれば、物欲は偉大だ。また一つ、伊勢丹通いを正当化する根拠を得てしまった。


(※1)国際産業連関表では、投入係数(A)の行列、最終需要の行列(F)、生産額の行列(X)について、X=(I-A)-1×Fが成立する。ここで、Iは単位行列、(I-A)-1は(I-A)の逆行列であり、生産額(X)は国別・産業別に、最終需要(F)は項目別に展開されている。
(※2)国際産業連関表は、ADBの他にも、経済協力開発機構(OECD)や世界産業連関表データベース(WIOD)が作成しているものもあるが、OECDやWIODの産業分類では、繊維と皮革が統合されている。しかし、東アジアには洋服は廉価品でもバッグや財布だけは高級ブランドを持つという人も多く、これら二つの産業に対する需要は異なるものとして考える必要がある。その点、ADB MRIOではこれら二つが区別されており、皮革産業にフォーカスすることが可能となる。
(※3)本稿では最終需要項目の中で家計最終消費支出(国内家計最終消費支出+居住者家計の海外での直接購入-非居住者家計の国内での直接購入)に焦点を当てる。

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