日本に「ものづくり企業のための自由貿易地域」を

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相対的に経営資源に乏しい中小企業にとって、外国に生産拠点を設置することの負担は大きい。調査によれば、海外に拠点を設立した中小企業の抱える共通課題は「外国人人材の確保・労務管理」、「現地の法制度・商慣習への対応」となっているが、生産拠点を設けている企業ではこれらに次いで「品質管理・納期管理」、「為替変動のリスク」を挙げるところが多い 。海外の需要を取り込むには競争力を高めることが不可欠で、低廉で豊富な労働力確保が期待できる国に生産拠点を設けることは有効だが、反面、そのために費やす時間、労力等のコスト負担は大きく、またリスクもある。
一方、海外に生産拠点を持つ企業の多くが、国内で生産することに関して「多品種少量生産へ対応しやすい」、「短期間で対応できる」などを優位性と捉え、海外拠点との差別化は十分可能と考えている 。特に、優れた技術を持つ企業やグローバル市場で成功を収めている企業では、「高度な技能を活用できる」、「コア技術やノウハウの海外流出を防げる」ことを国内生産のメリットとみるところが少なくない 。コスト競争力の向上や海外市場開拓を実現したいが、生産自体は日本国内でと考える企業は相当規模に上るだろう。
一般に日本の製造業は、コスト、品質等を考慮して世界中から原材料や部品を調達している。今や一つの最終製品に必要な原材料と部品の全てを、日本国内で調達するのはほぼ不可能と言ってよい。しかし、原材料や部品の輸入に伴う通関には多くのコストと時間が要求され、さらに、製品を海外に輸出する際にもあらためて輸出通関が必要になる。中小企業にとっては、これら業務の知識とノウハウを社内に持つ負担は大きく、恒常的に発生する時間、労力等のコストを製品価格に転嫁せざるを得ない。
従って、仮に原材料や部品の輸入に係る通関等が不要で、さらにこれらを用いた製品の輸出でも通関等が不要となれば、相当のコストダウンが可能となろう。特定の区域を自由貿易地域として指定し、そこでは原材料、部品輸入に係る関税等が保税されることとする。当該区域に製造拠点を設け、保税の原材料や部品を用いて加工・製造すれば通関等の必要なく輸出できる。こうしたことが認められれば、その経済効果は非常に大きいだろう。


これまで製造業が外国に生産拠点を設けてきた目的の一つは安価な人件費の利用にあった。ただ、新興国の人件費は急速な上昇を続け、一方で円安が進んだことも手伝って、日本と新興国における製造コストの差は縮小傾向にある 。これに加えて、原材料や部品、製品を国内外に移動させる物流コストが削減できれば、国内生産の採算性は大きく高まる可能性があるのではないか。輸入部品で製造した製品輸出に係る関税等を不要とする自由貿易地域の活用は、こうした国内生産の採算性向上、つまり国内製造の競争力復活を実現する切り札となる可能性を秘めている。
もちろん、このような自由貿易地域設置に当たっては、日本国内で調達する原材料や部品をいかに取り扱うか、製品の全量輸出を前提とするのかなど、様々な点での検討が必要だろう。また、指定地域内に物流施設を設置・整備することも不可欠である。しかし、生産のリードタイムを大幅に短縮しつつ、国内の雇用を維持または拡大する。また一方では海外への技術流出のリスク最小化を図りつつ、「Made in Japan」ブランドを海外市場に送り出すなど様々なメリットが期待できる点は見逃せない。海外展開を支援する人材やサービスも配置すれば、中小企業にとって海外進出のハードルは大幅に低下するし、将来的に外国に生産拠点設置を計画している場合には、海外進出のファースト・ステップとしても十分活用できるだろう。


以上のような構想は、決して目新しいものではない。現行の「保税制度」によって、関税等を未納の状態で輸入物品を保管、加工することが可能な保税地域や保税工場の指定を受けることができる。これまでも実際に、法人税や不動産取得税の免除、各種助成・優遇制度の導入に加え、保税地域として認可を受けて物流機能も備える「自由貿易地域」が沖縄県那覇市に設置(1988年)され、同うるま市に特別自由貿易地域が設置(1999年)された例がある。ただし、これら2地域はコンパクト設計の物流拠点「国際物流拠点産業集積地域」に統合(2012年)され、現在、貿易振興のための特区という色合いは希薄になっている。また輸入原材料や部品の保税は可能なものの、輸出する際の通関は必要であるなど、直接的な製造コスト以外を最小化する日本国内での製造ニーズに応えた仕組みは実現していない。沖縄県にはアジア諸国に近い利点がある反面、産業集積面をはじめ製造業に強みを持つ地域ではないので、製造拠点のある日本の他地域からの物流コスト等が高くなるデメリットも拭えなかった。


関税や諸税の免除、各種優遇措置を備えた自由貿易地域の設置は、海外からの投資によって経済発展を図りたい新興国の「定番」だが、日本でそれを実現することのハードルは高い。実際、近年も国家戦略特区の設置・活用論議が盛んだが、関税を含む税制について「一国二制度」を認める特区の設置は非常に困難と聞く。しかし、期待されてきたTPPの発効が当面望めなくなった中、改めて日本の製造業の競争力を高めて、海外展開を進めるための大胆な取り組みを検討することが必要なのではないか。特定分野を聖域とすることなく、今一度、自由貿易地域の活用を再考するよう求めたい。


(※1)『中小企業白書 2016』、中小企業庁、第2部第3章第3節。
(※2)『2016年版ものづくり白書』、経済産業省、第1部第1章第2節。
(※3)経済産業省認定グローバルニッチトップ企業100選及びものづくり日本大賞を受賞した企業を対象とした調査では、国内で生産することの優位性として最も多いのが「コアな技術やノウハウの海外流出を防げる」(51.1%)、次いで「高度な技能を活用できる」(48.9%)となっている(出所:同上)。
(※4)同上。

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