ミャンマー 農業・農村開発ツーステップローン始まる

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  • アジア事業開発グループ 吉田 仁

先般の安倍総理とミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家最高顧問との会談にて、農業・農村開発ツーステップローン事業(以下、農業TSL)への円借款供与が表明された。近く日緬政府間での交換公文の締結を経て同事業が開始される見通しである(※1)


農業TSLとは、ODA実施機関である国際協力機構(JICA)から直接農家へ融資するのではなく、まずJICAからミャンマーの銀行(※2)へ融資して、同銀行から農家へ融資を実行する間接融資スキームである。現在、ミャンマーにおける農家への融資はシーズナルローンという1年以内の短期融資が中心だが、農業TSLは農機などの設備投資や事業立ち上げのための長期融資を提供することが大きな特徴である。


農業TSLによって期待される効果は次の3点である。


第一に、農業労働者の減少による人手不足を機械化で解消すること。ミャンマーでは10エーカー以上の中規模農家の場合、収穫作業など季節性労働を農業労働者の雇用でカバーしてきた。しかし昨今、農業労働者の都市への移住、あるいは移住でなくとも道路工事の建設員など別業務への転換など農業離れが進み、労働力を確保できないための収穫時期遅延や収穫量の減少といった問題が招来されている。このような労働力不足問題を解決するための機械化に資すると考えられる。


経済産業省が作成したミャンマー産業発展ビジョンにおいても、製造業振興のために農村からの労働力供給が求められている。農業労働者の農業離れを食い止めるのではなく、農村で製造業振興と両立する体制を整えることが重要で、その意味で農業TSLはミャンマーの産業発展の観点からも望ましい施策と言えまいか。


第二に、農村に新たな産業を興す効果が挙げられる。農業TSLには、農村におけるインキュベーション、例えば賃刈りや食品加工などの事業化に対して融資する機能もある。事業化支援を通じて農村での雇用を創出することは、都市へ移住する意思のない農業労働者にとって大変有意義である。


ここで具体例として筆者が訪問した賃刈り企業A社を紹介したい。賃刈りとは収穫期に農機(コンバインハーベスタ)を利用して契約者の収穫を代行する事業である。従来の賃刈りは大規模農家が自家用に所有する農機の稼働率を高めるために、近隣農家にサービス提供する事業であった。一方、A社は賃刈りを専業とし、収穫期の地域差を活かして全国各地へ農機を輸送し賃刈りを行っている。農機の稼働率が高く収益性は高い模様で、さらなる事業拡大を検討しているようだ。このような専業事業モデルはまだ珍しいが、全国に機械化ニーズが潜在的にある中で効果的に機械化が進むことから、積極的に支援すべき事業モデルと考えられている。


またこのような事業には、雇用創出の効果も見込まれる。農機レンタルと異なり、賃刈り事業ではドライバーも派遣するためだ。農機ドライバーは、農業の知識や、農業への適応性(農村における労働を厭わないなど)が必要で、農村出身者に適性があるようだ。

図表1:賃刈りの様子

第三は、農業TSLによる農業の高付加価値化である。農業TSLでは農家のグループ化を支援する計画である。グループを形成し、マンゴーやコーヒーなど高付加価値産品の栽培、さらに周辺バリューチェーンへの事業展開を促すことが狙いである(例えばトラックを購入し、地域の市場までの輸送も手掛けるなど)。MFFVPEA(Myanmar Fruit, Flower and Vegetable Producer and Exporter Association)が推し進めているクラスターアプローチが参考となる。実際にもコーヒーなど特定の産品に注目しそのバリューチェーンを横断的に取り込むクラスターが形成されつつある(MFFVPEAの資料(※3)によれば2013年時点で既に28のクラスターが設立されている)。想定される農業TSLのターゲットと比べると規模が大きくTSLの直接対象にはならないかもしれないが、Mandalay Coffee Groupなどの取り組みがモデルケースとなろう。


一方、農業TSLの実施で最も大きな課題は、銀行における審査能力をどう強化するかという点にある。農業TSLの実施銀行となる見込みのミャンマー農業開発銀行では、現在その中心的なローン商品(シーズナルローン)の審査を自らは手掛けていない。実質的に農村の融資審査委員会に審査実務が委譲されており、さらに同委員会での審査といってもブラックリスト作りにとどまるのが実情だ。農業TSLの融資期間は1~5年とシーズナルローンと比べて長期にわたり、それだけに与信リスクも大きくなる。審査能力やモニタリング体制の強化は農業TSLで不可欠な要素であり、今後急ピッチでの課題解決が望まれよう。


上述した3つの効果に見られるように、農業TSLはミャンマーの農業に広範な変革をもたらす契機となり得る。それだけに、課題解決の行方と農産品のバリューチェーン、農村における産業などが今後どのように変化してゆくか要注目である。


(※1)http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003672.html
(※2)具体的には国営ミャンマー農業開発銀行が予定されている。
(※3)Dr. Than Than Sein, “Improving farmers integration into the tropical fruit value chain to entrance market access in Myanmar”, International Symposium on Superfruits: MYTH or TRUTH?, 1-3 July 2013.

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