アセアン経済共同体(AEC)は予定通り実現したのか?

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アセアン経済共同体(ASEAN Economic Community:AEC)が2015年12月31日に発足した。AEC創設に向けた実施計画を示した「AECブループリント」は、「単一の市場・生産拠点」「競争力のある経済地域」「衡平な経済発展」「世界経済と統合」という4つの柱から構成されている。AECブループリントでは、48項目の工程がこれら4つの柱に分けて記載されている。中でも、物品貿易、サービス、投資、資本移動に対する規制を可能な限り撤廃して、域内の経済を活性化とする取り組みが含まれる「単一の市場・生産拠点」だけで30項目を占めている。また、「単一の市場・生産拠点」には、他の3つの柱に比べて細分化された目標と達成期限の記述が多く、AECの柱の中でも最も重要な位置を占めていることが窺える。


では、AECブループリントの全体的な進捗状況はどうだっただろうか。同ブループリントでは行動計画の目標を2015年まで段階的に設定している(例外規定として2018年を実施期限としている目標もある)。ASEAN事務局では、これらの目標に対する行動計画の実行状況について、項目毎にイエス(実行済み)かノーで自己評価をする「スコアカード」を発表している。最新の評価は2015年11月に発表されており、当該資料では2008年から2015年10月末に係る611項目を対象に自己評価の結果が出されている。ASEAN事務局がイエスと評価したのは調査対象の79.5%にあたる486項目であった。同事務局は、この自己評価を「率直なもの」としているが、同事務局の情報開示が遅く内容も不十分であることから、外部からの実行状況の評価は難しい。


そこで、ブループリントの中でも、数値基準が設けられている項目を中心に見ると、「単一の市場・生産拠点」の柱の中では、域内関税率の引き下げが順調に目標達成されているのに対し、非関税障壁撤廃とサービス投資の自由化の遅れが顕著となっている。


域内関税率の引き下げが順調だったのは、20年以上も前から取り組みがなされていたためである。1992年にASEAN先行加盟6ヵ国が署名して発効したアセアン自由貿易地域(ASEAN Free Trade Area:AFTA)や、2009年に署名されて翌年発効したアセアン物品貿易協定(ASEAN Trade in Goods Agreement : ATIGA)によって、域内関税の撤廃が段階的に進んでいた。


具体的には、2014年末でASEAN加盟国向け平均関税率はASEAN6(シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ブルネイ)が0.04%、CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)が1.33%と既に極めて低い水準である。CLMVについても、2014年末時点、全体の貿易品目における課税品目数の割合は27.4%だが、2015年末には9.2%へと低下し、平均関税率も一層低下する見込みである。

表:ASEAN域内向け関税率

一方、「単一の市場・生産拠点」のうち、非関税障壁撤廃とサービス投資の自由化については明らかに目標達成が遅れている。


前者では、フィリピンを除くASEAN6は2010年まで、フィリピンは2012年、CLMVは2015年まで(一部品目は2018年まで)に廃止することになっていたが、ASEAN事務局は2015年11月に発表した“ASEAN Integration Report 2015”において「現時点ではこの目標は野心的である」として目標が全て達成されることは困難であることを示唆している。実際に非関税障壁を監視するスイスの民間データベースGlobal Trade Alertを見ると、ASEAN諸国では過去5年間で、WTO違反と判断される明確な非関税障壁は少なくなったものの、過剰な製品安全基準や輸出前検査などの「非関税措置」が増加しており、その中で非関税障壁の疑いがある措置が多い。


またサービス分野での投資の自由化では、2015年までに加盟国による外資出資上限規制を最低でも70%以上に設定することを目標としていたが、この点についての加盟国間の交渉開始が大幅に遅れている。


このように、2015年に発足したAECは、ブループリントで目指していた形には至っていない。2015年11月に発表された“AEC Blueprint 2025”では、次の10年を見据えた新しい行動計画が示されたが、現時点ではまだ具体的な工程表は発表されていない。今後のAECについては、各分野で目標達成の遅れはあるものの、加盟国の合意を形成しながら規制緩和はゆっくりと進展していくと思われる。とくに、サービス投資の規制緩和のように各国の法規制に影響を与える分野もあることから、AECの達成状況には今度とも注視してゆく必要があろう。

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