中国での新エネ車に対する補助金の詐取について

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【政策主導で新エネ車の普及が加速】
中国では政府の支援策が奏功し、環境負荷の少ない新エネ車(※1)の販売台数が急速に伸びている。政府の支援策は、補助金の交付、自動車購入税の免除、ナンバープレートの交付の優先取扱、都市中心部での走行規制の適用除外、など手厚いものがある。特に北京のような大都市では、自動車のナンバープレートの交付が原則抽選制でガソリン車の当選確率が1%に満たないことから、車両購入の選択肢は実質的に新エネ車しかないという状況が作り出されている。


新エネ車の中でも普及の伸びが大きいのは電気自動車である。電気自動車は新エネ車の2015年の販売のうち7割強を占め、その台数は2013年14,604台、2014年45,048台であったが、2015年には247,482台と前年対比で5倍強へと急増(※2)している。中国は2020年に新エネ車の普及台数500万台を目指しているが(※3)、この調子でいけば実現可能であると思われる。

中国におけるEV・PHEVの販売台数

【補助金詐取報道】
しかし今年に入り新エネ車に関する補助金詐取の報道が散見されている。このため国による補助金に関する実態調査が2016年1月21日から開始(※4)されており、近々結果が公表される予定である。筆者は国の手厚い補助金政策に則って新エネ車の普及が順調に進んでいると楽観していたため、裏切られた感がある。前述のように2015年の電気自動車の販売台数は約25万台であったが、補助金詐取の仕組みが明らかになるにつれ、このうちどこまでが本当の販売台数なのか疑わしく、今後の解明が待たれる。電気自動車の普及の進展という大きな流れに変化はないと思われるが、補助金詐取が発生したことは残念でならない。


補助金制度(※5)は特にバス等の商用車に対して手厚く、全長6~8メートルの純電気中型商用車については国から一台あたり30万元の補助金が支給される。またこの他に地方政府からも同額の補助金(地方毎に若干比率は異なるものの、国と同額を交付する地方が多い)が支給されることから、合わせて60万元の補助金(※6)を受け取ることができる制度であり、この点に多くのメーカーが参入した。以下、純電気商用車に絡む不正報道の一部(※7)を紹介する。


【メーカーへの立ち入り調査】江蘇省の自動車メーカーJ社は2013年8月設立、業界では無名の会社であるが、2015年3月に電気自動車の生産を開始。中央テレビ局記者の訪問時には数十台の車両がラインから搬出され工場内部には百台程度の車両が確認できた。工業信息部(※8)の発表によれば同社の2015年3、4、5月の製品合格証明書の発行枚数はそれぞれ23枚、0枚、2枚であったが同年12月には2,905枚と急増している。工業信息部の調査チームによれば、工場の在庫数、販売数と製品合格証の発行枚数が合わず、製品合格証の信憑性が疑われるとのことである。


同調査チームがJ社の電気自動車の大口ユーザーを無作為に3社抽出し調査したところ、ユーザーA社はJ社の全額出資子会社でありJ社からの電動自動車の購入台数は21台であったが、現物車両照合では十数台が行方不明であった。ユーザーB社ではナンバープレートの交付申請済みである車両17台が行先不明であり、ユーザーC社に至っては現物車両を1台も確認できなかった。J社によれば、ナンバープレート取付済車両台数1,435台、販売台数2,009台であり、当局への報告済み合格証明書発行枚数2,905枚との差異の約1,000台は管理の不手際に起因するものである、という説明となっている。


【調査チームの見解】検査チームはJ社がナンバープレートを取り付けたとしているにもかかわらず現物車両が存在していなことから、偽の製品合格証明書を発行し元来製造していない車を製造販売したと偽装してナンバープレートを取り付けたものであり、補助金詐取の疑いありと見ている。


【他の購入者に対する調査】他の購入者であるR不動産は2015年12月に顧客送迎用にJ社と50台の電動自動車の購入契約を締結。実際の支払総額は1000万元余りで車両は7、8台を引取ったのみで残りの40台余りは未引渡にもかかわらず、売買双方とも省、市政府に対し50台分の補助金申請を行っている。


【詐取の仕組み】補助金の交付申請は車両の購入者への引渡しがその条件となっているが、J社とR不動産のケースでは現物車両がないにもかかわらず、政府に補助金交付申請を行っている。J社は全体で2,905枚の合格証明を提出しており、これに関係して交付された補助金総額は1億元を超えている。車両が引渡されていなくとも申請書類が形式上整っていれば補助金が交付されることから、これらは売買双方が共謀して取引を偽装し補助金を詐取したケースと考えられる。


【政府の対応】新エネ車の補助金詐取に関する調査は本年1月21日に、四部委(※9)からなる「新エネ車の普及促進に関する検査業務の通知」が発せられたことに始まり、当初は長江デルタ地域、特に浙江省、江蘇省を重点に、地方政府による自主点検(※10)と現場査察(※11)の両面で実施されている。


本年2月24日には李克強・総理が主催する国務院常務会議においてこの補助金詐取の撲滅方針が明確にされた。また3月11日には工業信息部のウェブサイトにて「工業信息部の自動車生産企業及び製品製造管理を更に強化することに関する事項の通知」のなかで、自動車生産企業の信用データ及び違法企業のブラックリストを作成のうえ、違法行為、信用失墜があった自動車生産企業はブラックリストに入れる旨を通知している。また楼継偉・財政部長は、新エネ車に対する政策の改善と新体制の構築、補助金政策の調整(※12)、市場化政策の強化、中長期的に持続可能な政策の採用、米国カリフォルニア州のようなゼロ排出車規制、ポイント制の検討、を示唆している。


【今後望まれること】今回の補助金詐取の全容は未解明であるが補助金制度に抜け穴がありそれが悪用されたことは事実である。売買双方による共謀を排除するような、性悪説に立脚した制度設計が必要である。形式要件の充足のみで補助金が交付される点に問題があり、個別防止策としては合格証明書発行時、ナンバープレート交付時の現物車両の照合を徹底すること、購入者への車両引渡しの確認照合を徹底することなどが挙げられる。中国では官の汚職、腐敗の広がりが指摘されその防止に心血を注いでいるが、民間企業も知恵を絞って対抗してくることから政府としてもそれらへの対応は簡単ではないだろうが、社会全体として新エネ車への支援制度がうまく機能することを望みたい。


(※1)中国の新エネ車の定義は純電動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)の3車種であり、日本で主流のハイブリッド車(HEV)は省エネ車という別範疇に属し、新エネ車とは政策上の取扱いが異なる
(※2)中汽協:2015年新能源汽車銷量33万輌
(※3)電動自動車の充電インフラの発展に関するガイドライン(2015-2020年)、発展改革委員会、国家能源局、工業信息部、住宅建設部の連名、2015年10月
(※4)国産車企騙補高層震怒数額驚動国務院 2016年4月9日経済観察報
(※5)2013-2015年の段階的な補助金交付制度
(※6)2015年は10%減額して54万元
(※7)「今日頭条」2016年3月28日報道
(※8)日本における経済産業省及び総務省に相当
(※9)四部委とは工業信息部、財政部、科学技術部、発展改革委員会
(※10)自主点検では当該地区に関して、財政補助金の使用、管理状況、企業による新エネ車の生産状況、新エネ車の購入者の使用状況について検査を行い2月5日までの結果報告が義務付けられた
(※11)財政部主導による政府補助金に関する使用状況の査察は2月1日に開始され3月下旬に終了予定
(※12)補助金の交付金額を段階的に減らし、2016年を基準として2017、2018年には20%減、2019、2020年は40%減、2020年より後は補助金制度を廃止する、というもの

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