1990年代半ばのインドネシア経済から読み解くミャンマー経済の課題

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ここ2年半ほど、ミャンマーへ何度か行き来してきたが、常に比較対象として参考にしてきた国がある。自分が住んでいた1990年代半ばのインドネシアである。その理由は、両国で目にしてきた光景が共に一人当たりGDPが1,000ドル前後の世界で、両者を比較すれば、ミャンマー経済の今後を見通す上で参考になりうるからである。一人当たりGDPが1,000ドルに達したのは、インドネシアが1995年、ミャンマーでは2011年度(IMF推計、2011/4~2012/3)である。


まず、両者の類似点は輸出における資源依存度の高さであろう。ミャンマーではヒスイ等の鉱物資源や天然ガスが輸出額全体の40%を占めており、工業製品は縫製品の8%程度に過ぎない(ミャンマー統計局、2013年度)。


一方、インドネシアでは、1986年まで輸出額全体の過半を占めていた原油・天然ガスが、資源価格の下落等の影響で1995年には輸出構成比が23%まで低下し、一旦は鉱物資源輸出への依存から脱却できたかに見えた。この間、原油価格は1バレル当たり30ドル近くの水準(1985年)から10ドル台後半(1995年)に下落していたことから、価格要因によって鉱物資源輸出の構成比が低下しており、インドネシアの一人当たりGDPが1,000ドルに達した1995年では、まだ資源依存からの脱却には至っていなかった。1997~98年のアジア経済危機以後は、原油・ガスと並んでパームオイル(鉱物資源の分類に含む)や石炭が新たな輸出の主力となり、資源価格の上昇も加わって鉱物資源等の輸出依存度は再び高まり、2011年には輸出額全体の49%(以上、CEICデータ)に達している。


インドネシアが資源依存から脱却できなかった一因に、同国政府が現在に至るまで明示的かつ有効な非資源輸出振興政策を打ち出せていないことが挙げられる。このため、近年のように旺盛な内需に拠る輸入増加と資源価格の軟化が重なる場合には、経常収支が再び赤字に転落している(2012年以降)。


一方、同じ所得レベルで比較した両国の最も大きな差異は、経済制裁の経験の有無に起因する製造業の裾野の広さの違いであろう。ミャンマーでは長く続いた軍事政権による事実上の鎖国状態に加えて、2013年まで欧米の経済制裁が約10年続いたことから、技術の更新が進まず、製造業はじめ産業全般に供給能力が不足している。一方、1990年代半ばのインドネシアでは、セメントなどの内需向け資材では地場メーカーが十分供給できており、また、自動車やバイク等の輸送機器の分野では、日系メーカーが既に進出して内需向けに生産を行っていた。また、縫製だけでなく、合板や紙パルプ等の製造品目も輸出されていた。


1990年代半ばのインドネシアに比べ、足下のミャンマーでは自動車、オートバイなど国内生産をしていない業種もあり、また国内生産をしている業種についても生産能力が限られていることから、製造業の裾野を広げるために直接投資を呼び込むことが不可欠である。そして、製造業の直接投資によって工業製品輸出を増加させて、輸出における脱鉱物資源依存も図る必要がある。ミャンマー政府としては、日本政府の肝いりでまもなく企業の入居がはじまるティラワSEZや、タイ政府と日本政府が関与して建設が始まったダウェイSEZなどに製造業を誘致し、これらSEZからの工業製品輸出に繋げたいものとみられる。


但し、インドネシア以上に、ミャンマーの工業化への道のりは容易ではない。インドネシアで1990年代前半まで可能であった高率の輸入関税による幼稚産業保護が、ミャンマーでは困難になっている。2015年末のASEAN経済共同体(AEC)の発効を控えてASEAN域内からの輸入関税がほぼ5%未満(ASEAN事務局、JETRO)に低下しているほか、ASEANと日本、中国、韓国、インド、豪州などとのFTAが締結されているためである。しかも、陸続きの隣国である中国やタイからの製品輸入が比較的容易である。


このような状況下では、ミャンマー政府は、今後の経済発展段階に応じて同国が競争力を持ちうる産業を見極めた上で、当該産業の特性を勘案した投資インセンティブを付与することが必要となるのではないだろうか。例えば、現時点では人件費の低さを生かした縫製産業に国際競争力があるが、将来的には人件費の上昇が競争力を低下させることも予想される。一方で、バイクや自動車産業では、今後のミャンマーでの需要増やタイ、インドネシアに次ぐASEANでの輸出拠点を目指し、インセンティブを利用して産業育成を図ってゆくことも方法のひとつであろう。


いずれにしても、有効な輸出振興策を打ち出せなかったインドネシアから学ぶべき点は学び、長期的かつ効果的な産業育成政策を策定していくことがミャンマー政府に求められよう。

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