アジアンインサイト
今こそ欠くことのできない日中文化交流

高倉健インパクトからの思い

2015年1月29日

  • アジア事業開発グループ シニアコンサルタント 張 暁光

日本を代表する俳優《昭和残侠伝》シリーズ等の任侠映画や《幸福の黄色いハンカチ》等205本の映画に出演した高倉健が昨年11月上旬亡くなった。その報道は中国でもいち早く各マスコミで伝えられ、中国にいる数億人のファンの気持ちを代表するかたちで中国の国営中央テレビでも特集を組んで悼んだ程である。現在の日中間の政治的関係悪化の中で、高倉健がどうしてそれほど中国に慕われているかを探ってみた。

それは高倉健主演の映画「君よ憤怒(ふんど)の河を渉れ」(中国名『追捕』)が今から30年程前に中国で放映され熱狂的なブームになった事が理由として挙げられる。放映された1980年代、約8億人の中国人がこの映画を見たとも言われている。それ以前の1970年代の中国は、文化大革命「文革」の嵐が全国に広がり、停滞の10年と言われ、対外的にも鎖国状態にあった時代で、それが1976年、周恩来首相の死去、唐山大地震発生、毛沢東主席の逝去と大事件が次々と起き10月の「四人組」逮捕により、「文革」に漸く終止符が打たれた。しかし、「文革」が残した影響は大きく、政治的困難を引き起こしたばかりでなく、経済的にも、文化的にも国民に多くの混乱と不便を強いて来た。1978年12月の中国共産党三中全会で、「対外開放政策」が正式決定され、1980年代に入って漸く外資との合弁ホテルの建設等が始まり、庶民にも新政策が具体的な形として目に見えて来た。そのような時代背景の中で、日本から初めての映画としてこの『追捕』が放映された。それは映画のストーリーと映像に映し出せられる近代的に発展した日本の様子から、映画を見た多くの中国人は非常に新鮮な感覚を覚え、大きなショックを受けた。

「君よ憤怒の河を渉れ」は、西村寿行の小説を大映が佐藤純爾監督で映画化したものだ。あらすじは、高倉健が演じる「杜丘」(もりおか)東京地検の検事が、政界の大物と国会議員との癒着関係を究明し、逆に罠に掛けられ指名手配犯として警察に追われ、北海道に逃亡する。そこで偶然一命を助けられた中野良子が演ずる「遠波真由美」の助けを借りてセスナ機を飛行し、逃亡を重ね東京に戻り、自分の無実を証明する真犯人を追跡し、最後に自分を陰謀に掛けた政界の黒幕に復讐するというサスペンス映画である。

特に「真由美」は「杜丘」を慕い、以前の中国映画にはなかった『あなたが好きです』と言う台詞が2度も出てくる。又、「真由美」の父親が「杜丘」にセスナ機で逃亡を促す場面での台詞、『男には命を掛けて飛ばなければない事がある』、それに対し「杜丘」は『そうしないと生きている意味がないのだ』答えるといった感動的場面が随所に出て来る。「杜丘」が警官に追い込まれた時、「真由美」が放った馬が道路に乱入する中を、裸馬に乗った「真由美」が颯爽と新宿西口駅の大通りに乗り込み彼を危機一髪から救い出す場面は手に汗握る圧巻で、一番印象的なシーンである。

映画『追捕』を通して中国の人達は老若男女を問わず、杜丘の精悍で毅然とした立振舞を見て、その時代の憧れの男性像を高倉健に見出し、「杜丘」を「ドーチュー」先生と呼び、忘れられない存在になった。その後、2006年高倉健は中国の著名な映画監督「張芸謀」から雲南省麗江を舞台にロケをした映画「単騎、千里を走る。」の主演として抜擢された。

またヒロインの「真由美」の中国語発音は「真優美」(本当に美しい)と同じ発音で「中野良子」と呼ばれるよりむしろ「ジェンヨーメイ」と呼ばれ、中国で一番有名な日本人女優となった。

150分というこの長編映画が中国人を夢中にした理由は、「文革」直後初めての外国映画としてもの珍しい事もあっただろうが、内容的に政治の裏に絡む巨悪に毅然と戦う正義肌の検察官という社会派的内容に加え、手に汗握るアクション等新しい要素が沢山組み合わされ、従来の中国映画ではタブーとされていた内容とシーンが盛り込まれたことが、非常に新鮮に映ったのであろう。同時にこの映画を通じて、非現実的な点は多くあるのだが、それは娯楽として楽しみながら、共感するものの多くを見たのであろう。それにしても、改革開放政策が決定される直前にこの様な内容の映画の導入が許可されたのは、1978年10月鄧小平氏の日本訪問が深く関係しているのであろう。

日本映画はその後、栗原小巻主演の《サンダカン八番娼館 望郷》や、山口百恵のドラマ《赤い》シリーズ、NHKドラマ「おしん」、更に《一休さん》、《ドラえもん》、《クレヨンしんちゃん》等のアニメが次から次へと中国に紹介され日本映画ブームとなった。特にアニメは中国の若者が日本語を学習するきっかけをつくり現在に至っている。昨年の中国からの訪日客数が200万人を大きく上回っていることからも、日本への関心がますます高まっていることがうかがえる。

政治的にどのような関係になろうと、一般庶民の知りたいと願う異文化や芸術を、国が規制できるものではない。映画を通して相互理解を深めるという文化面から、これからの日中関係が改善される事を望みたいものである。高倉健の逝去は、多くの中国人に、かつて両国間にあった融和ムードを懐かしく思い出させるきっかけになったことだろう。

中国における日本語学習者数の推移
中国訪日客数の推移

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