抜本的改革が待たれる中国の大学入学試験

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中国では、毎年6月7日からの2日間、地方によっては3日間、全国一斉に熾烈を極める大学入学試験が行われる。同試験の正式名称は普通高等学校招生(注:大学、専門学院および高等専門学校の生徒募集、以下、大学の生徒募集と略称する)全国統一考試(通称、高考)であり、日本のセンター試験に相当する。


文化大革命で10年ほど中断された同試験が1977年に再開されてから、今年で既に37年目を迎え、全国合計で延べ約1.9億人がこの個人の運命に関わる試験に参加した。同試験が再開されてから今日にいたるまで中国は、国家のために優秀な人材を育て、国力を強化してきた。しかし、社会の発展に伴い、この大学入学試験は熾烈さを増し、累積してきた矛盾と弊害が益々顕在化してきた。


2003年に一部の大学による自主生徒募集が認められてから、自主生徒募集できる大学の数が増えてきたが、自主生徒募集数は同大学の生徒募集総人数の5%を超えないとの制限がある。また、受験生が志望校の自主生徒募集試験に合格したとしても、全国統一考試の点数も合否の判定基準として使われるため、基本的に受験生は全員、全国統一考試を受けなければならない。結局、全国統一考試が、受験生がどの学校に進学できるかを決定することになる。このため、同試験の際には、受験生、担任教師、親だけではなく、社会全体の雰囲気までもが緊張する。近年では、試験期間中、夜間工事の禁止、試験場周辺の道路に対する交通規制、各試験場における暑さ対策、受験生専用タクシーの用意などが一般的になっている。


過去37年間、中国は、上記の自主生徒募集を含め、試験科目の増減や英語科目の点数の総点数への計上方法、実施時期、各省・自治区・直轄市による個別問題集の作成、年齢制限の解除などの改革を行ってきたが、いずれも根本からの改革ではなく、受験による合格を目指す「応試教育(受験教育)」は依然として過熱している。学生の学業負担は重く、素養教育がないままとなっており、社会全体の道徳水準にも影響を及ぼしている。


1999年に個別大学による生徒募集の規模拡大が実施され、募集枠はその1年だけで前年より48万人増えた。その後、募集枠は毎年数十万人の規模で増え、今年の計画数は694万人となっている。受験申込者数の939万人に対し、募集率は73.9%となっており、一見して、高校卒業後、進学して引き続き教育を受けられる学生が多いようにみえる。しかし、現行のシステムでは、受験生が入学志望書に記入した第1志望校に合格しなかった場合、第2、第3志望校に合格することはほとんど不可能である。学校側が自分の学校を第一志望とした受験生を優先的に入学させるためである。結局、自分の志望していない学校で志望していない専攻分野を勉強せざるを得なくなることも少なくない。その意味で、入学願書に記載する第1志望校をどの大学にするかということ自体が、いちかばちかの賭けになっているともいえる。


近年、中国社会に「卒業=失業」という皮肉な言い方があるように、大学教育を受けた学生が卒業しても、就職できず、失業者になる現象が現れている。大学卒業生が就職できない原因は、彼らの理想が高すぎることも挙げられるが、生徒募集規模の盲目的な拡大や、受験教育偏重による学生の全体的な素養の低下、学校で受けた教育内容が社会のニーズと乖離していることなどにも関係していると思われる。


中国が持続的な発展をとげるためには、このような矛盾と弊害があった同試験を根本から改革することが求められている。


中国の大学入学試験制度の問題の核心は試験自体ではなく、生徒募集にあると一般的に分析されている。現在の集中募集体制の下で、各省や自治区にそれぞれ設置されている教育試験院と称される政府主管部門は各省や自治区における各大学の合格ラインを決め、受験生の点数および志望校をベースに受験生の入学できる学校を決めている。このような体制において、点数こそがまさに志望校合格の生命線となっている。これを変えなければ、試験科目の調整を含む改革をどんなに行っても、政府が提唱する素養教育は最終的に受験教育に変質してしまうほかない。


これを認識して、中国政府は2010年に発表した国家中長期教育改革・発展計画要綱(2010-2020)の中で、大学入学試験に対し「分類した試験を行い、総合的に評価し、多元化した入学基準を採る」という方向を出した。


更に2013年11月12日に中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議で、教育分野の総合的改革が課題として挙げられ、学生の社会的責任感、イノベーション精神、実践能力の強化が強調された。大学入学試験については、①生徒募集と試験とを分離させる、②学生に複数回の試験チャンスを与える、③学校が法に基づいて自主的な生徒募集を行い、専門機関が試験を実施する、④政府がマクロ的なコントロールをし、社会が監督するメカニズムの構築を模索する、などの改革により、1回だけの大学入学試験で一生を決めてしまう弊害の解消を目指している。


地方政府は、非戸籍地での大学入学試験の試行や英語試験の回数の増加と点数引き下げのようなプランを出している。また、学術型人材を選抜する試験と言われる大学入学試験のほかに、専門学校を対象に技術型人材の入試試験や登録入学制を用意することで、学術型人材と技術型人材の選抜ルートを、今の大学入学試験一本から二本に増やし、技術に対し興味をもち、才能のある受験生を熾烈な大学入学試験から解放させようとしている。学生の素養向上を目指し、高校三年間の学業水準試験に加え、体育、芸術、道徳の成績などを反映した総合的な評価も行おうとしている。


何十年も実施してきたこの大学入学試験は多くの機関や学校、国民に関わるもので、改革が一朝一夕に実現するものではないが、この改革を通じて「中国の学生は学力が高い」という国際的な定評から、「学力だけではなく、総合的な素養も高い」という評価に変わっていくことを期待する。

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