ミャンマー・ダウェー開発からのイタルタイ撤退 ~ミャンマーにおけるPPP

RSS
  • アジア事業開発グループ 吉田 仁

Reutersの報道(※1)によれば、2013年11月21日、ミャンマー、タイ両政府の会合において、イタリアン・タイ・デベロップメント社(以下、「イタルタイ社」)のダウェー開発の事業権剥奪が正式に決定された。今後、イタルタイ社がこれまで行ってきた投資(※2)に対する補償をしたのちに、両政府が折半出資するSPVに事業権が引き継がれる見通しである。本稿では、イタルタイ社のダウェー開発の遅延要因を考察するとともに、今後のダウェー開発の展開について言及する。


なぜダウェー開発は躓いたのか。「イタルタイ社が投資家の誘致に失敗したため」との批判が多く聞かれるが、その本質は官(ミャンマー、タイ両政府)がリスクを取らなかったためと考える。本事業はイタルタイ社の事業であるとともに、両国政府の2008年の基本合意が前提となることから、国家プロジェクトでもある。その意味で、典型的なPPP(官民連携)事業であると言えよう。PPPとはADB(アジア開発銀行)の言葉を借りれば(※3)、「民間セクターを事業に引き込み、事業の社会的責務や民間資金を確保すべく、官の役割を形成すること」である。つまり、民と官の役割と責任の分担を明確に決めることである。PPP事業には多様なリスクが存在し、その分担方法に応じて多様なスキームが存在する(図表1、2)。リスクを細かくブレイクダウンするほど、またその分担を明確にするほど、リスクの所在が明らかになり投資家フレンドリーな事業となる。


翻って従来のダウェー開発はどうか。両国政府とも関与を避け、ほぼイタルタイ社の単独事業のような展開であった。第一に事業ポートフォリオに注目すると、ダウェー経済特区(工業団地)の開発のみならず、港湾、タイ国境までの道路・鉄道、電力、通信など全てがイタルタイ社に一任されており、特に小規模港湾や道路など収益性の低い事業までパッケージ化されていた。民間企業による低収益事業の完遂可否は不透明であり、このように基本的インフラの整備が確約されていない状況が、港湾、道路などそれぞれのプロジェクトで民間事業者を募る上でも、リスクの高さと捉えられた一因であろう。第二に、港湾や道路など個別案件について、イタルタイ社はすでに工事を着工している。両国政府とのリスク分担について詳細な情報を持ち合わせていないが、許認可の遅れや住民との立ち退き・補償などの交渉に遅れが生じている実態をみるに(※4)、両国政府の積極的な関与は推測しづらい。


今後は公的側面の強いものは官がリスクを負うべきであろう。第一に、小規模港湾や道路など収益性の低い案件については、国営事業または国の関与の強いスキームとする。例えば、上下分離方式や収益補てん(国からの固定フィー+料金収入など)のオプションが検討材料となろう。第二に、個々の案件(工業団地、鉄道、電力など)において、官も応分のリスク負担をする。例えば、住民立ち退きの対処や、これによる遅れの工事費増大を官が負担するなどのオプションも考えられる。これらを実現するには、官の意識改革が必要であり、日本がそれを促す役回りとなろう。では、官の「意識」とは何か。筆者がネピドーの官僚と議論した際に感じたことは、「ミャンマーには既にPPPの仕組みが存在し、それが成功している」という認識だ。


「ミャンマーでは1996年より道路整備にBOTが用いられており、Asia World社やMax Myanmar社などの財閥が参画し、成功を収めている(※5)」というのが彼らの認識。一方で、通行料金から得られる収入は低く、実態は他のビジネスの事業権や貿易権などの利権が付与されているようだ。このようなスキームは珍しいものではなく、ネピドーへの首都移転の際にも採られたと噂されている(※6)。しかし、このような不透明なBOTスキームは、国内では機能しても、海外からデベロッパーや投資家を誘致する際には障害となろう。加えて、ミャンマーにおいては、近隣のベトナムやインドネシア、フィリピンなどで整備されているPPP関連法やPPPガイドラインなども未整備である。このような国内の実績と、国際的な視点との不一致を指摘し、官の意識改革を促すことがダウェー開発に向けて取り組むべき第一歩となると考える。

図表1:多様なPPPスキーム
図表2:PPPに係る多様なリスク

(※1)2013年11月21日付
(※2)イタルタイ社社長の発言によれば、これまでの投資総額は約60億バーツ(約190億円)とのこと。(同Reuters報道)
(※3)ADB, “Public-Private Partnership Handbook”, 2008
(※4)経済産業省「平成24年度 インフラ・システム輸出促進調査等事業 ミャンマー・ダウェー開発等における事業可能性調査 報告書」
(※5)Ministry of Construction, “Current Situation of Road Networks and Bridge”, 2013 によれば総道路延長の17%がBOTにて整備されている。
(※6)Irrawaddy, 25 Nov 2013

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス