今年3月からスタートした中国の習近平・李克強体制はいまだ権力を完全に掌握しきれず、経済成長と改革をいかにバランスよく進めていくか、苦労しているようだ。中国では従来の投資・輸出主導の成長モデルが限界に達し、モデル転換をせざるを得ない局面にある。今年11月に開催が予定されている3中全会(党中央委員会第3回全体会議)で今後さまざまな中・長期的改革を推し進めることを決定することになろう。たやすい道のりではない。ここでは、中国が抱えるさまざまな中・長期的課題の中から、①生産年齢人口がすでにピークアウトしつつあること、②所得格差、③中所得国のわな、④シャドーバンキングの問題の4点を取り上げてみたい。

①生産年齢人口がピークアウト、減少へ

発展途上国では、通常、農村に過剰労働力があふれており、この安い労働力が絶えず工業部門に移ることで、高い経済成長を実現する(日本では1960年代に起きた現象)。農村における余剰労働力が底をつくと労働需給が逼迫し、急速な賃金上昇が始まる。その転換点は「ルイスの転換点」と呼ばれる。中国ではすでにその兆候が現れている。「無尽蔵の安い労働力」という魅力が薄れ、所得格差是正の観点から、政府が労働者の急激な賃上げを指導したこともあって、ここ数年労働コストが急上昇し、「世界の工場」の存立基盤を揺さぶるまでになっている。中国では2012年からすでに生産年齢人口(15-60歳)が減少し始めており、12年には11年比345万人減少して9億3727万人になった。2020年以降、労働人口の減少速度は加速する。少子高齢化が進むのは自然の現象で、日本や韓国など東アジアではこの傾向が著しい。ただ、中国の場合、人為的な産児制限、1人っ子政策の結果として急速に進んだ。1979年に共産党指導部が1人っ子政策を国策として打ち出して30年余経過した。今後見直されるだろう。

②所得格差是正

放置すると体制そのものを揺るがせかねない問題である。沿海部と内陸部との格差、都市と農村との格差、富める省と貧しい省との省間格差、都市部での出稼ぎ労働者の問題等さまざまな所得格差が生じている。胡前総書記は格差是正の「和諧社会」の実現を唱ったが、格差は広がるばかりだった。公平性をいかに確保するか。習政権は汚職撲滅、綱紀粛正を叫び一般市民の不満を和らげ、新指導部の清新なイメージつくりをしようとしている。格差是正の一環として税制改革がある。既得権益を侵すような政策を果たして実施できるのか。改革の具体的内容として以下の施策が検討されている。

  • 1.富裕層にとってマイナスになる相続税・贈与税の導入
  • 2.所得税累進課税の最高税率の引き上げ
  • 3.不動産保有税(固定資産税)の全国的導入
  • 4.農民の土地所有権の自由売買を認める

③中所得国のわなを回避できるか

新興国が低賃金の労働力を原動力として成長し、中所得国の仲間入りしたあと、自国の人件費上昇や後発新興国の追い上げにあって競争力を失い、成長が停滞する現象を「中進国のわな」という。この概念は2007年に世界銀行が刊行した「東アジアのルネッサンス」を通じて知られるようになった。経済発展論の世界では以前から「貧困の罠」という概念が使われてきた。先進国へ移行するには国内で持続的なイノべーションが起きること(技術の進歩)が必要である。その国が持続的な成長を続けるには国内で優秀な人材を確保する必要もあり、教育制度が極めて重要になる。中国では1人当たりGDPが6,000ドルの水準になり、都市部では10,000ドルを超える地域も続出している。今後さらに先進国への道を歩んでいくには、自助努力によって、労働集約的な産業から脱し、産業構造の高度化・高付加価値化を促し、移行できるかが決め手になる。中国では外資導入の際にも、最近では、産業構造の高度化に貢献しうる高技術・高付加産業を呼び込もうとしているが、まだ軌道にのっていない。

④シャドーバンキング(影の銀行)

最後にリーマンショックの後遺症ともいえるシャドーバンキングについて触れる。
シャドーバンキングとは、通常の銀行融資とは異なるやり方でお金を貸す仕組みをいう。「影の銀行」と呼ばれる。規制当局の厳しい監督下にある銀行を介さずに個人や企業に資金を融通する金融取引を指している。1.貸出債権や債券を小口化した「理財商品」、2.企業同士が直接資金を貸し借りする委託融資、3.ファンドなどを通じた金融取引、を意味する。中国では銀行の預貸金利が中央銀行の金融政策で決まっており、預貸金利差が大きく、銀行が極めて優遇されている。銀行は貸出先が優良企業でも大きなスプレッドを確保できるため、リスクの高い中小企業や新興企業に資金が行き渡らない問題もあった。金利も融資先も政府にコントロールされている。大手の国有企業や政府が育てようと考えている産業、地元政府にコネのある企業でなければ、銀行はなかなかお金を貸してくれない。シャドーバンキングは、中小企業やコネのない企業にお金を回せる仕組みである。


市場原理で金利が決まる「影の銀行」ならば、企業は高金利ながら資金を調達でき、個人も高い利回りを得られる。市場原理が働かない既存の銀行システムに代わって、預金者と借り手である企業を直接結ぶ形で発展してきた。中央政府が地方政府の債券発行を原則禁じているため、地方政府は慢性的な財政難にある。シャドーバンキングが急膨張した理由はまさにこの点にある。規制の抜け穴として生まれたのが、資金調達とインフラ投資を地方政府に代わって行う地方政府傘下の投資会社=融資平台である。


リーマンショック後の景気対策として中央政府は08年11月に4兆元対策を打ち出した。中央政府から大規模なインフラ投資を求められた地方政府は、傘下の投資会社=融資平台を通じて銀行からその資金を調達した。ただ、融資平台に対して地方政府の信用保証はなく、銀行の融資にも限界がある。その後、不良債権化を恐れた監督当局が銀行に対して追加融資を自粛するよう指導したこともあり、銀行からの資金調達ルートを閉ざされた融資平台は高金利であるものの借り入れが可能な「影の銀行」に頼った。しかも短期の借り入れに頼り、調達した短期の資金をインフラ整備など長期の投資に回す期間のミスマッチが大きく、「自転車操業」に似た状況を生んでいる。今後3-5年が債務返済のピークになる。歪みの一部を正そうと、政府は今年7月に銀行の貸出金利の下限規制を撤廃したが、預金金利の上限規制はそのままにした。金利の自由化や資本市場を整備し、地方政府が債券市場を通じて長期資金を調達できる環境を整えるなど課題は山積している。


シャドーバンキングを通じて、地方政府や不動産企業などに巨額な資金が流れているが、当局も実体は把握できていないようだ。日本では融資が問題化した邦銀は、バブル崩壊後、GDPの2割に相当する100兆円を損失処理した。中国のシャドーバンキングの規模はGDPの50%程度といわれている。損失額はどれくらいになるのか。世界を震撼させたサブプライム問題と異なり、影響は中国国内にとどまり、銀行の不良債権の処理も最後には中央政府が救いの手を差しのべるだろうとの楽観的な見方が多いが、中国のシャドーバンキングが破綻をきたせば、世界経済の需要不足を招く。日本にとっても直接・間接的にそのマイナスのインパクトは計り知れない。


 

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