ミャンマーでの製造・販売コストはタイよりも高い?

同国で成功しているアジア系メーカーの経験

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企業の新たな進出先候補として注目を集めているミャンマー。1人当たりGDPは2011年867ドル(ADB推定)と, ASEAN諸国の中では最低である。ならば、製造・販売コストもASEANで最低でもおかしくはない。しかし、製品によっては、タイ(2011年1人当たりGDP5,470ドル)、中国(同5,430ドル)、ベトナム(同1,408ドル)よりも製造・販売コストが高い」と言われたら、ミャンマー進出を検討されはじめたばかりの企業担当者の方は、耳を疑うかもしれない。


 賃金だけみると、製造業のワーカーでは月53ドル(※1)とASEANで最低であることから、労働集約的な縫製業や製靴業といった輸出産業には競争力がある。日系企業の中にも、ハニーズをはじめ、縫製業で進出して成功している企業もある。しかし、2003年以降の欧米諸国による経済制裁の影響で、自動車産業などの製造業が同国から撤退していることもあり、既進出日系企業の中では縫製や製靴といった分野以外での製造業はほとんどない。


一方、同国に進出している日系を除くアジア系製造業の中には、鉄鋼や農業・食品など、縫製・製靴業以外で同国内に生産施設を持ち、トップシェアを握っている企業もある。また、輸出分野ではプロジェクターを半製品として組み立てている企業もあり、これらのアジア系メーカーは日系企業に劣らず大きな存在感を示している。


「ミャンマーでの製造・販売コストが母国や近隣国の現地法人よりも高い。」これは、大和総研が経済産業省の委託を受けて、2013年2月に同国に拠点を持つ外資系企業に対してビジネス展開上の障害や問題点をヒアリングした際(※2)、アジア系メーカーから上がってきた声である。その要因として3点が考えられる。電力不足で自家発電コストが嵩むこと、地価が急騰したことからオフィスや工場団地の家賃が大幅に上昇していること、物流等のインフラコストもASEAN諸国の中でも高水準であることである。


まず、電力不足による停電は、ここ数年徐々に改善してきたとはいえ、工業団地では最低でも一日2回程度は発生している。とくに、鉄鋼など装置産業では電力消費量が大きく、一瞬の停電であっても工程内にある半製品は出荷不能になることから、停電に対応するための自家発電コストは嵩まざるをえない。企業によっては、工場での電力を100%自家発電で賄っていることもあり、製造・販売コストがタイよりも高いとしている。


次に、地価の高騰により、ヤンゴン中心部のオフィスやその郊外の工場団地の家賃が過去1年で2~3倍に上昇しているとの声も多い。中心部のオフィス家賃がシンガポールと同水準にまで達している、或いは工場団地の家賃が中国やベトナムよりも高くなったところもある模様である。地価急騰の要因として、同時期に面談した既進出日系企業の間では、地元の富裕層による投機に加え、ヤンゴン周辺の広大な土地を軍が所有していて市場に出てこないためで、これらの土地を早期に民間に放出して開発を促進すれば状況は一気に改善するとの声も聞かれた。もっとも、地価を心配する以前に、そもそも製造業が進出を希望しても、ヤンゴン周辺の工業団地に空きがないのが現状である。 


さらに、物流コストについては、隣国タイを含む他のASEAN諸国より高いという指摘があった。その理由として、道路事情が悪く輸送に時間を要することに加えて、2012年までミャンマーが自動車の輸入制限を実施していたことから、トラックが不足して購入やリースの価格が高騰していること、ガソリン価格がタイよりも10%高いこと、などが考えられる。


さらに、一部のアジア系メーカーでは、コスト高に苦しんでいるうえに、ミャンマー国内で安価な密輸品との厳しい競争にも曝されている。ミャンマーは中国およびタイと長い国境線で接しているため、国境通関で把握できない陸路による密輸品が多い。講演のため2012年夏に来日した商業省幹部によれば、中国とタイとの貿易額は、密輸品を含めると最低でも政府統計局の数字よりも2割は多いとしている。


製品によっては「ミャンマーでの製造・販売コストが母国や近隣国の現地法人よりも高い」という状況は、同国において繊維・製靴以外での進出例に乏しい日系企業では、未経験に近い領域であろう。一方、アジア系メーカーの中には、欧米による経済制裁で経済成長が抑制される厳しい環境で、コスト高に苦しみながらも、10年以上地元密着でビジネスを展開し、大きなシェアを確保してきたところもある。こうしたアジア系企業の経験は、これから縫製・製靴以外の製造業で同国への進出を検討されている方々には、参考になる部分もあろう。


ただ、今後数年で「ミャンマーのコストが高い」という状況はある程度改善されている可能性もある。ここで挙げられている家賃の高騰と高水準の物流コストは、いずれも民主化と欧米の経済制裁緩和を契機として直接投資が急増したことが主因で、一時的な面もあるとみられる。家賃が折り合わず進出を断念した外国企業も出ていると言われている。そうなれば、今後の家賃上昇ペースは鈍らざるをえない。物流コストも、輸入規制の緩和でトラックの台数が増えはじめているとみられ、道路の改善も進めば落ち着いてゆこう。


また、電力不足については、同国政府の計画によれば、発電所の新設やリハビリなどによって今後3年程度で電力不足の解消を目指している。


さらに、工業団地に空きがない点については、日本政府の肝煎りで開発が進められているティラワ工業団地(ヤンゴン郊外)が問題解決の切り札になりうる。同団地が予定通り2015年末にオープンすれば、同工業団地内では電力供給と港湾が確保され、工業団地へのアクセス道路も大幅に改善される計画である。加えて、輸出する場合には原材料の輸入関税が免税になるなど、投資環境が大幅に改善されよう。韓国企業からも、電力が安定的に確保されるのなら、ティラワへの入居も考えたいという声も聞かれる。ただし、2015年末のオープンは「不可能ではないがチャレンジング」と言われており、先行き不確実性も残っている。


上述のように、足元ではインフラ不足に起因するコスト高が目立つが、現在進展中の各種インフラ整備が実現すれば、投資環境は大きく改善するとみられる。しかし、条件が整う時期を待っていたのでは日本の同業他社だけではなく、欧米、韓国、ASEANの競合他社に後れをとってしまう可能性もある。ミャンマー国内でトップシェアを握るアジア系企業は、厳しい環境の下で撤退することなく同国での成功を収めてきた。こうしたアジア系メーカーの事業展開も参考にしながら、同国への進出や事業拡大を検討してゆく必要があると思われる。


(※1)出所:JETRO「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査(2012年10~11月実施)、ミャンマー以外のASEAN諸国で製造業のワーカーの賃金は、低い順にカンボジア74ドル、ラオス132ドル、べトナム145ドル
(※2)出所:経済産業省、通商政策局アジア大洋州課委託、平成24年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(ミャンマー進出検討企業等に関する基礎調査)

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