アジアンインサイト
ミャンマー交通事情雑感

2013年5月23日

  • アジア事業開発グループ チーフコンサルタント 高田 廣央

この3月に約半年ぶりにミャンマーを訪問した。真っ先に感じたのが、このわずか半年の間に街中を走る車が格段に良くなったことと、交通渋滞がひどくなった点である。「他のアジア諸国でもテイクオフの初期段階でよく見られること」と言ってしまえばそれまでだが、ミャンマーの変化は劇的である。昨年の夏前に訪問した折、レストランで呼んでもらったタクシーは、日本では廃車置き場でもなかなかお目に掛かれないような代物で、車内の内装は殆どはがされ、鉄板は剥きだし、クランクシャフトが回転する度に座っている後部座席がもっこりと盛り上がり、挙句の果てにふと運転席を覗き込むとタコメーターやスピードメーターを始めとして運転席についている計器が全て壊れていて、全く機能を果たしていない。つまり、エンジンとハンドル、それにタイヤといった車として走るために必要最小限の機能、それもその限界を極めた車で、車中「お願いだからブレーキだけは壊れていませんように」と心の中で祈ったことを強く覚えている。

これ程までにひどい事例はそう多くないにしても、前回の訪問まではミャンマーでは1970~80年代の日本車が未だ現役で走っている姿をよく目にした。3~4年毎にモデルチェンジを繰り返す日本では、もはや博物館か映画の中でしかお目に掛かれなくなった車が、現実に数多く走っているのを見ると妙なノスタルジーを覚えたものだ。もし自分が自動車メーカーの人間であったとしたら、「ここまで使ってもらえば本望だろう」と変に感心をしてしまう程、多くの古いポンコツ車が大事に乗られていた。しかも一目見るだけで、ポンコツながらオーナーがその車を大切に扱っていることや、これらのポンコツ車自身が「俺たち今でも現役で頑張っているぜ!」とまるでアピールしているかのようで、物や道具に名前をつけて大事に扱う日本人だからこそ感じる琴線なのか、思わず愛おしささえ感じてしまう。

勿論、これは何も自動車に限らず、国営繊維工場の機織り機でも、セメント工場のキルンであっても同様で、軍事政権下に対する経済制裁によって新製品や技術の導入がストップした中で、長年に亘って大事に苦労してメインテナンスしてきた結果なのだろうが、自動車は街中で目につきやすい分、妙に嬉しい気持ちになったものである。

それが、これらの愛おしきポンコツ車が忽然と街中から姿を消し、代わりに現れたのはBMWやベンツ、レクサスと言った新型の高級車と、ひところのバンコクやジャカルタなみの交通渋滞である。

月産数十台しか生産能力のない国営自動車工場を除けば、ほとんど自動車生産能力を持たないミャンマーにおいては、自動車の供給はもっぱら日本からの中古車輸入に頼ってきた。今でも日本の車庫証明シールが貼られた車も多く、輸出はしていないはずの国内専用モデルでさえ多く見られる。このように日本車の比率が高いのは輸入制限によって数量が絞られていたことで、一般庶民にとって自動車はその機能ばかりでなく、資産としても人気を得、長持ちして壊れにくい日本車が圧倒的な支持を集めて来た結果であろう。不動産と比べて手の届く資産であったことも大きな要因であろうが、日本では5~60万円程度としか思えない中古車がミャンマーで何百万円もすると聞いて、その値段の高さに驚くとともに、一体貧しいはずのミャンマーにどこにそんなお金があるのかと別の意味で驚愕した覚えがある。

それが2011年以降、40年(!!)以上使用(陸運局に登録)した個人所有者に対して認めていた自動車輸入制限を40年→30年→20年と段階的に緩和し、結果的に輸入量が急増、価格も大幅に低下した。古い年式のポンコツ車を廃車にして得られる廃車証明書と引き換えに、より年式の新しい中古車を輸入できるライセンスを与えることによって、車の代替を図ろうという政策の下、(一説によればこの輸入ライセンスそのものが約100万円程度で売買されたことによって、)あっという間に街中からこれらの愛すべきポンコツ車が消えてなくなってしまった。

そして交通渋滞である。もともとミャンマーでは右車線であることを除けば、旧宗王国イギリスの交通様式が残り、交差点も英国式の信号のないラウンドアバウトが多く、ヤンゴン市内では交通信号がわずか141ヶ所しか設置されていない。しかも予算の関係からか、今年度の新設予定も十数ヶ所にすぎない。ラウンドアバウトは交通量が少ない時には極めて合理的な交通様式だが、一定の交通量を超えてしまうと極端に機能が低下してしまう。更にこれに加えて立体交差の新設や道路整備工事の実施が拍車をかける結果となって、ラッシュアワーの時間帯ばかりでなく、慢性的な交通渋滞を生み出しつつある。筆者が90年代末に勤務したマニラでも深夜であれば20分程で着く空港まで、普通の時間帯で1時間、ラッシュアワーでは2時間もかかる有様で、渋滞に巻き込まれる度に、「この渋滞が引き起こしている経済的損失はどれ位になるか計算したらさぞや面白いだろうな」と思った覚えがあるが、まさにヤンゴンでも同じことが現出しつつある。

幸いなことに交通渋滞に伴う大気汚染に関しては、走っている車の多くが日本からの中古車のため、日本の排気ガス規制をクリヤーしていて、黒い排気ガスを撒き散らして走る車を目にすることもあまりなく、それ程深刻化していないのが救いであるが、交通事故は急増しており2011年の交通事故・死亡者数は前年の1.5倍、2012年も手元にある8月までの累計でほぼ2010年間分の数字に達してしまっている。

現在日本の国際協力機構(JICA)主導で道路・交通体系を含めたヤンゴン市の都市計画・開発マスタープラン作りが行われているようであるが、民主化の進展・経済発展が進む一方で、交通事情は逆に日々悪化の一途をたどっている。マスタープランも大事であるが、同時に今出来る対応から順次実行していかないと、このままでは交通渋滞が経済成長・社会発展のボトルネックになってしまいやしないか心配になってしまう。

筆者とて「経済発展のためには、年式の古いポンコツ車が廃車になって消えてゆくのはやむを得ないこと」と頭では理解しているつもりだ。しかし同時に、どこかで一抹の寂しさを感じてしまっているのもまた事実である。さらば、愛おしきポンコツ車よ。

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