途上国と資本流入の管理

ミャンマーへのインプリケーション

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過去二十年、国際資本移動の急激な拡大が、先進国でも途上国でも見られるようになった。国際資本移動については、かつては、資本流出が引き起こす問題がもっぱら懸念されていたが、近年は、大量の資本流入がもたらす問題がマクロ経済管理上注目されるようになっている。


では、大量に資本が流入した場合、どのような問題が生じるのであろうか。その一つは、インフレーションである(※1)。完全に自由な変動相場制度を採っている場合を除き、資本流入はしばしばインフレーションを引き起こすが、それは次のような連関で起こる。

資本流入 ⇒ (固定相場制度または管理変動相場制度で中央銀行が介入した場合)外貨準備の増加 ⇒ (不胎化しない場合)リザーブ・マネー(※2)の増加 ⇒ マネー・ストック(※3)の増加 ⇒ インフレーション


これをどうやって防ぐか? 先進国ではほとんどの場合、不胎化(sterilization)を行う。固定相場制度を維持するため、あるいは管理変動相場制度で急激な自国通貨高を防ぐために、外国通貨買い・自国通貨売り介入をすると、リザーブ・マネーが増える。この時、通貨当局が反対の金融調節、例えば国債市場での売りオペ等によって、リザーブ・マネーの増加を相殺することができる。これを不胎化という。下図の例は、ドル資産が増加した分、短期国債を売却した場合である。

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だが、途上国では不胎化ができない場合が多い。というのは、そもそも途上国では、オペレーションの場となる金融市場が未発達であることが多い(※4)


しかし、不胎化以外にも対応手段はいろいろとある。上記の過程のどこかで波及を妨げてやれば良い。例えば、リザーブ・マネーの増加は受け入れるとしても、マネー・ストックへの影響を弱める方法として、預金準備率を引き上げるという手段がある。中国では、オペも行われているが、預金準備率もかなり頻繁に変更されている(※5)


他方、資本流入があっても市場介入をしなくても良いように(すなわち外貨準備が増加しないように)、資本流入を相殺するような資金の流れをおこしてやる方法もある。例えば、財貨の輸入制限を撤廃ないし緩和して経常収支の赤字を拡大する、あるいは、資本流出に対する制限を撤廃ないし緩和してネットの資本流入を抑える方法などである。


さて、ミャンマーで、資本流入によるチャット高を抑えようとした場合、どのような政策手段があるだろうか。実は、ミャンマーにはインターバンク・マーケットも財務省証券市場もなく(※6)、中央銀行にとってオペをする場がない。2011年夏にチャット高が急激に進んだ時には(下図参照)、同年9月に自動車輸入規制を大幅に緩和して、為替レートを反転させている。車の輸入が厳しく規制され、日本では廃車になるような車ばかりだったミャンマーで、突然、輸入制限を緩和することによって、資本流入と反対の資金の流れを一気に作り出したわけだ。

ミャンマーの為替レート(対ドル市場レート)
ミャンマーの為替レート(対ドル市場レート)
(出所)大和総研作成

だが、このようなやり方も、2015年にASEAN経済共同体に組み込まれれば、関税・非関税障壁は撤廃され投資も自由化されるので、その後は使えなくなる。やはり、中央銀行が金融調節を行うことが王道であり、実際、IMFの技術支援により、預金銀行が中央銀行に預ける預金・中央銀行からの借り入れをオークションするという形で、リザーブ・マネーを調節する試みが始まっている。


だが、できるだけ早く、インターバンク・マーケット、財務省証券市場を発達させることが肝要だ。ミャンマーでは、財政赤字ファイナンスは中央銀行からの借り入れ、いわゆる紙幣増刷に大きく依存しており(財政赤字の貨幣化)(※7)、金利は硬直的だ。財務省証券市場を発達させることは、金融調節の場ができ、金利のベンチマークが形成され、また、財政赤字の貨幣化からの脱却が促進されるという、一石何鳥もの効果を持つものである。


(※1)他の大きな問題としては、実質為替レートの上昇が製造業部門に打撃を与えるオランダ病や、資本流入が銀行システムによる金融仲介を通じてもたらされる場合に、しばしば金融システムを脆弱化することなどがある。
(※2)中央銀行が供給する通貨。マネタリー・ベース、ハイパワード・マネーともいう。
(※3)家計や企業など通貨保有主体が保有する通貨量の残高。マネー・サプライともいう。
(※4)不胎化が行えるのは、途上国の中でもかなり金融が発達した国々である。例えば、タイでは2001年以降、中央銀行債の拡大が目立つが、これは不胎化の手段として発行されている。日本銀行アジア金融協力センターアジア金融システム研究会、「アジア債券市場育成について:回顧と展望」、2009年7月、参照。
(※5)先進国では預金準備率操作はほとんど使われない。例えば、日本銀行は1991年10月16日を最後に、預金準備率を動かしていない。
(※6)未熟なOTCマーケットは存在する。
(※7)2010年度の財政赤字ファイナンス1兆9,860億チャットのうち中央銀行信用は1兆5,220億チャット、2011年度は2兆3,910億チャットのうち1兆1,310億チャットであった。IMF Country Report No.13/13, January 2013.

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