フィリピンにおける投資家育成の現状

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2月下旬に、我々大和総研はABMI( Asian Bond Markets Initiative)のフィリピン債券市場育成のための技術支援の一環で現地マニラにて「投資家育成」・「証券化」をテーマとしたワークショップを開催した。我々はコンサルタントとして、昨年来、いくつかのテーマをめぐって現地の中央銀行(BSP)、証券取引委員会(SEC)、関係諸団体と何回となく現地で会合を重ねてきた。ワークショップはその総仕上げである。関係当局、取引所、銀行、証券会社、運用会社等の参加を得て、当日行なわれた「投資家育成」についてその一部を紹介したい。このテーマは古くて新しく、実現するのに非常に難しいテーマで、その成果の評価基準も明確になっていない。だが、証券市場発展にとって最重要テーマの中のひとつである。我々は、長い時間がかかるかも知れないが、少なくともフィリピン資本市場の将来に向け第一歩を踏み出そうとの思いを込めて、このテーマに取り組んできた。


大和総研は、当日のワークショップに、1.ADB(アジア開発銀行)から発信されている情報媒体Asian Bonds Onlineのプロジェクト経験に学ぶ、2. 投資家層の拡大・深化が期待される債券発行体によるDebt IR の役割、3. フィリピンにおける投資家育成策の現状と課題、4. パネルディスカッション、の4つのセッションを設けた。最大の目玉であるセッション4にはパネラーとして、フィリピン証券取引所(PSE )、信託協会(TOAP),投信協会(PIFA)の3機関の最高幹部を招待した。パネラー諸氏が論客ぞろいだったこともあって、フロアーからの参加者をも巻き込んだ熱い議論が展開され、セッション4は、予定時間をはるかにオーバーし、進行役の司会者泣かせとなった。
フィリピンの債券発行残高(社債を含む)は2012年3月末時点で870億ドル(日本の0.7%)と債券市場は非常に小さいものの、近年着実に発展してきている。国債市場がそのほとんどだが、債券投資家は銀行、保険、年金基金、信託、海外投資家が主で、個人投資家の保有比率は5~6%にすぎない。しかしながら、近年、フィリピン政府は、海外投資家の保有比率(30%強)を減らす方針を出し(※1)、個人の持分を増やすべく相次いで個人向け国債を発行している。


フィリピンにあって、投資家教育を独立して専門に行なう機関はなく、個々の関係機関・協会が独自の方法・内容で投資家育成教育を行なっている。もちろん、時折、他機関・協会と共同でセミナー・シンポジウムを開催することもある。フィリピンでは、金融行政が中央銀行とSEC及び保険委員会によって担われている。資本市場の監督機関として、銀行・信託銀行に対しては中央銀行が、証券取引所、債券取引所、証券会社、投信協会に対してはSECが監督・管理している。投資家育成教育を推進する法律・専門機関もない現状から、今後、法的措置を講ずる余地は残っているし、また必要だろう。学校教育のカリキュラムの中に金融リテラシー、投資教育を取り入れる動きも出ている。フィリピンには公務員年金 ( GSIS ,加入者170万人), 民間企業年金(SSS ,加入者 2900万人)があるが、主としてこれらの年金にカバーされていない国民および海外出稼ぎ労働者を対象に新たなSocial Security Netたるフィリピン版401Kに相当する年金、PERA( Personal Equity Retirement Account ) がスタートする。2008年8月に法律は施行されたが、その実際の扱いの詰めに時間がかかり、このたびようやく実施の運びとなる。ここではその詳細については紹介できないが、大型金融商品の登場とあって、取り扱い各金融機関の期待は大きく、取り扱い外務員にPERA 対応の新たな資格を設け(3月に資格試験を実施する予定)、加入希望者に対して丁寧な情報提供を行なっているようだ。


フィリピンにおいて、投資家教育・学校における金融・投資教育の手段として積極的にインターネット、ソーシャルメディアが活用されている。現在、行政当局をはじめ、関係機関が別々に提供している金融・投資情報を、利用者の利便性を考えてSECを中心に1つのWeb-site(ワン・ストップ)上で提供するLearning Resource Center 構想が浮かび上がっている。フィリピンは7000余の島々からなる島嶼国家である。マニラ市内は金融機関が乱立気味であるが、国内には金融機関の全くない地域・島々がたくさんある。情報技術を使って、全国一律に利用できる金融・投資情報を扱う統一媒体の創設は意義深い。


フィリピン株式市場では、リーマンショック以降、2009年の春先からこの間ほぼ一貫して株価が上昇している。だが、国内の株主数は50万人強(証券取引所に公表された機関投資家を含む数字)と少なく、株価上昇による資産効果もごく特定の層に限られている。2012年4月に中央銀行が初めて実施した” Consumer Finance Survey “ で、回答者の38.8%が貯蓄手段としてタンス預金のみと答えたという。この国にあって銀行口座保有者は全人口比18%、500万人に過ぎないという実態がある。島嶼国家のなせるところはあろうが、1人当たり所得が2223ドル(2011年、IMF)と1969年当時の日本の水準に並んだばかりで、まだまだ余裕がないというのが実状であろう。貯蓄から投資への流れを促す以前に、金融機関に対する信頼感を醸成する一方、国民に生活者として必要な金融知識を習得してもらうことも大切であろう。“金融”に馴染んでもらうためには、国全体のパイの拡大によって、国民に分配される所得を底上げし、手元に余裕資金ができることが必要であろう。2010年にアキノ政権が発足して以来、財政再建、汚職撲滅が手がけられ、国内政治は比較的安定し、年間200億ドル( GDP比10%)を超える海外出稼ぎ労働者の送金が個人消費を支え、2012年のGDP成長率は、アセアン諸国の中では出色の6.6%を記録している。コールセンター業務などのビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO )産業の成長もめざましい。日本企業を含む外資企業の進出も目立つ。人口が約1億人、人口増加率2%、平均年齢は22歳と非常に若く、今後人口ボーナス期が続く。経済全体のパイの拡大期待は大きく、金融・資本市場の長期的な発展・拡大に繋がることを祈りたい。


(※1)投資家別債券保有比率は公表されておらず、推定したもの。

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