中国都市化の鍵を握る土地改革

-残された非市場領域のコア-

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(都市化の現状)

中国では、昨年末の経済工作会議(2012年12月28日コラム「困難さを増す中国新指導層の経済運営」)以降、都市化(城鎮化)の推進が新体制の重点経済政策のひとつになっている。そのねらいは言うまでもなく、①内需を拡大し経済成長パターンの転換を図ること、②農民・農民工の「市民化」を通じて所得格差の是正を図ることである。2011年の都市定住人口比率は51.3%とほぼ世界平均、ASEANの平均よりやや高い水準にあるが、農村戸籍のままで都市戸籍住民と同等の公共サービスの提供を受けられない者(半城市人)を除いた比率は、2010年末34.2%にすぎない。これは中国では、都市化の余地が見かけの統計以上になお大きいことを意味するが、そのためには戸籍改革が避けて通れない課題だ。そしてこれと並んで、都市化の成功の鍵を握るのが土地改革だ。農地の工業地への転用や農業の大規模経営を通じた現代化を進める前提条件を整えること、大都市周辺地域での農地の転用を促進し都市部の土地制約を緩和することは、経済成長の重要な基礎を提供することになる(国務院発展研究中心金融研究所副所長、1月23日付経済参考報)。 しかし克服すべき課題も多い。

都市定住人口比率、都市戸籍人口比率
(資料)中国発展基金「中国発展報告2010」、住房和城郷建設部国際城市化発展戦略研究委員会

 

(高まる土地転用収益分配への批判)

中国では、都市部の土地は国が所有する一方、農地は集団に帰属しており、農民は住居用に使用することと、集団契約によって農地として利用する権利が与えられている。現行の土地管理法では、1998年改正によって、耕地の保護と都市建設用地の確保を目的に、土地は農地、都市建設用地、未使用地の3つに区分されている。そして、農地の都市建設用地への転用(流転)(*)は、憲法によって「公共の利益から必要と認められる場合に」国家がこれを行うこととされており、転用の際、土地を使用している農民への補償額は、過去3年間の当該農地の平均生産量の30倍を超えてはならないと規定されている。こうした規定に対し、長らく「非弾力的で、経済発展やインフレを考慮していない」、「農民に犠牲を強いている」、「腐敗、汚職の温床になっている」との批判が絶えてこなかった。


特に、都市化政策が注目され始めた昨年末以降、専門家からの様々な指摘も目に付くようになった。たとえば、北京大学の専門家は、「都市化は農民にコストを強いることによって達成されるべきでない。生産量は何千元かにすぎないが、転用され開発されると何倍もの価値になる。強制的に収用される点で一般の商業取引と異なり、それだけに十分に保障がなされるべき」であると指摘する。また、都市人口比率で見た都市化は、1980年の20%から2000年36%、11年51.3%と順調に進み、内需の拡大と生活水準の改善に寄与してきたとされるが、そうした都市化の成功ストーリーの背後には大きなコスト(すなわち、農民に対する低い補償、転用に同意しない農民への暴力等)があり、今後都市化を進めるにあたって、どう農民の利益を守るかという観点からの土地転用収益分配改革が課題で、たとえば、第三者による公正な交渉・紛争解決のメカニズムの構築が必要(以上、2012年12月25日、13年1月15日付China Daily、1月23日付経済参考報)、土地収用と補償は元来利益調整の問題だが、農民の土地に対する権利が法的に明確でなく、したがって農民の発言力は弱く、自らの権利を守る有効な手立てがなく交渉能力も欠如していること(中央農村工作領導チーム弁公室副主任、2013年2月中国発展観察)等である。


(*)厳密には、地方政府が都市建設用地を獲得する方法として、「徴用」と「出譲」がある。徴用は、地方政府が農村集団所有の土地を買い上げ別の用途に使用、土地を買い上げられた農民は移転の補償費用を受ける。出譲は国有土地の使用権を、期限を切って譲渡(住居用70年、産業・教育・科学・文化用50年、商業用40年)。使用者は国に出譲金を支払う仕組み。この出譲金が地方政府の土地出譲歳入になる(‘法律快車’他)。

(加速する法改正等の動き)

当局も以前から改革の必要性は認識しているようで、特に昨年来、都市化の推進が重要政策のひとつと位置付けられたことから、具体的な動きが出始めている。ここ数年の動きを時系列的に見ると、以下の通りだ。

  1. 2008年土地流転改革:党17届三中全会で「農村の改革発展推進についての若干の重大な問題に関する党中央委員会の決定」を発表、公共建設用地と経営目的建設用地を厳格に区分し、同等の土地には同等の価格という原則に従って、農民に合理的な補償と住居・社会保障を提供し、その合法的権益を守るとされた。この2008年改革後11年上半期までに、収用・転用された農地は、耕地総面積の16.2%にあたる2.07億亩(亩は中国の広さを表す単位、13.8万平方km)で契約数は2,259万件、また800余の県・市、12,000余の城鎮に農地転用サービスセンター(服務中心)が設置された(2012年12月27日付上海証券報)。なお、中央政府のガイドラインで、120万平方kmの耕地を全国ベースで維持し、その範囲で余地のある地方政府に転用を認めているとの指摘もあるが(2013年1月4日China Economic Review)、そうすると、上記の数値13.8万平方km、16.2%と整合性がとれず、実態はよくわからない。
  2. 2012年11月党大会開催:収用制度の改革、農民に対する土地収益の分配比率を高めることが強調された。これを受け、土地管理法の改正案が12年末の全人代常務委員会に提出された(2012年12月25日付China Daily)。
  3. 2013年1月、土地政策を一義的に所管する国土資源部の工作会議開催:土地管理を最適化し、都市化を積極的かつ慎重に進めるとし、これが、土地政策見直しのサインと受け止められた。
  4. 1月31日中共中央1号文件発表:できるだけ早く土地管理法を修正するとの方針が示され、さらに2月3日国務院が発表した所得分配制度改革に関する通知の中でも、所得分配是正の観点から、農民の所得を引き上げること、そのための施策のひとつとして、「土地収益を合理的に分配していくこと」が掲げられた(同通知、五、23項)。法改正では、「公正」や「土地を奪われた農民への社会保障、年金の充実」が強調されるほか、補償額の上限規定が廃止されるかどうかが焦点で、1月の全人代法務部主任発言では、「生産量に加え、ロケーション、需給、当該地域の経済社会発展の程度などが収用価格算定にあたって考慮されるようになる見込み」である。

(問題の抜本的解決には市場化が不可欠)

上述の中国内での批判は、主として農民が犠牲を強いられている点に着目しており、それ自体はもちろん正しい指摘である。検討中の法改正もそうした問題を是正しようとするもので正しい方向だろう。ただし、以下のような点を考えると、結局この問題の本質は、土地が社会主義市場経済の下で市場化されずに残っている資源であることに帰着する。その意味で、根本的解決には、今後さらに踏み込んで、農民の土地に対する権利の強化・明確化、中央集権的な土地再配分体制の見直し、市場機能の導入が検討課題に載ってくるべきだろう。

  1. 農民は、集団所有のため、農地を自由に売買する権利が与えられていないので、そもそも農地を開発し価値を最大化するインセンティブを持たない。
  2. 土地収用の根拠となる憲法上の「公共の利益」が具体的には何を意味するか、明確な規定はなく、土地に歳入を依存する地方政府は、利益が上がると見込めば収用を行う傾向にあり、住居用や商業施設用にも高い費用で配分し、土地価格の高騰、資源配分の非効率を招いている。
  3. 土地の再配分機能が政府に集中し、地域毎の異なるニーズや変化に対応できていない。また、農地転用の際、農地確保のため森林伐採等を行い、環境破壊をもたらしている。

社会主義市場経済を標榜する中国にとって、本源的生産要素のひとつである土地の完全市場化は、おそらく最も抵抗のある分野として最後まで市場化されずに残る可能性は高い。しかし現実社会では、農地転用を巡る問題が経済非効率の問題に留まらず、大きな社会不安要因にもなってきている。社会科学院青皮書(2012年12月)によると、2012年1-8月のスト・暴動の約半分は土地の収用や住宅の取り壊しに起因するものであると報告されている。毎年少なくとも250万人の農民が土地を失い、土地を収用された農民はこれまで約4,000万人と推計されるが、その多くが失地農民となり、しかも高齢、低所得である場合が多い(上記、中国発展観察)。さらに農民のみならず庶民全体に、土地配分の権限が中央に集中していることが汚職や腐敗の温床になっているとの疑念は大きい。今回の土地に関する法改正が実行を伴えば、とりあえずは「改革紅利(ボーナス)」によって社会不安要因を和らげることができるかもしれないが、いずれ「制度紅利」を追求し、ほんとうの質を伴った都市化を実現する必要に迫られてくる。そして仮に将来そうなった場合、「社会主義市場経済」という看板はどうなるのか、きわめて興味深いテーマではある。

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