北朝鮮における経済特区の実験

~本格開放の契機となれるか~

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  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 張 暁光

目下、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」と言う)による「人工衛星」(事実上の長距離弾道ミサイル)の発射実験に世界の注目が集まっている。しかし、私は経済的な側面からは、北朝鮮と中国が共同開発を進める「羅先経済特区」および「黄金坪・威化島経済特区」の2大プロジェクトに注目したい。


これらのプロジェクトの成否は、金正恩政権体制の国政運営の方向性及び同国の経済開放に極めて大きな影響を及ぼす可能性があると考えるからだ。特に、「羅先経済特区」は日本海に接する北朝鮮、中国、ロシアの国境に位置し、日本海を通した日中貿易の新たなルートに成り得ることから、直接日本に大きな影響を及ぼすプロジェクトと考える。


2012年8月中旬、中朝経済開発区指導委員会第3次会議にて、両国政府が上記の「経済特区」を共同開発する管理委員会を設立すると発表した。両国の基本的な役割分担としては、北朝鮮が土地と法的保障を提供し、中国が資金・人材・ノウハウを提供することとしている。また、基本目標として、[1]中国が40年前に「改革・開放」政策を推進するために設けた実験特区(経済特区)の経験を活かして、北朝鮮内の特定エリアにおいて市場経済システムの導入実験を行う、[2]中朝両国政府の共同管理のもと、北朝鮮の経済活性化と経済体制改革に資する中国及び世界から投資を誘致する、[3]港湾を中心に近代的な産業集積地を形成し、環日本海の経済ネットワークを強化する、などが挙げられている。


「羅先経済特区」の構想そのものは1991年に発表されていたが20年以上具体化には至らず、今年に入りようやく中朝両国政府による主導のもとで本格的な開発段階に進んだ。ロシア、中国の国境に近い日本海に面する3つの港湾を拠点として、470 km2にも及ぶ広大なエリアに、物流業、輸出加工業、観光業、造船業、石油精製業、水産業などの産業集積を図ることとされている。現在までに、拠点港湾となる羅津港から中国の琿春圏河税関に至る長さ50.3kmの道路整備が繰り上げ完工されたのに続き、羅津港とロシアのハサン税関を結ぶ羅津港-豆満江間鉄道も2013年上半期に開通する予定となっている。また、中国から北朝鮮へ電力供給する送電網もほぼ整備されている状況にある。


これに対して、黄海側の遼寧省丹東市と北朝鮮側の新義州の国境線となっている鴨緑江の中州(北朝鮮領)に整備される「黄金坪・威化島経済特区」は僅か24 km2であり、北朝鮮の狙いは経済的利益(経済規模の重視)よりも、経済特区の象徴的なモデルケースとして位置づけ、先ずは成功事例をつくることを目標にしていると考えられる。そのために北朝鮮側の関与を極力無くした総括委託開発方式を採用している。このプロジェクトは、金正日が生前最後に中国を訪問した際に依頼したもので、中国に50年間の開発権を一括付与し、開発の総責任者も中国から派遣するという方式である。これは簡単に述べると、開発経験豊富な中国に経済特区の開発と運営を丸ごと委託することである。この方式を採用したことにより一気に開発が始まり、投資総額約300億円規模の両国間を跨る新たな橋梁工事も着々と進んでいる。また、集積させる産業は情報産業、観光業、クリエーティブ産業、近代的農業、アパレル産業およびそれに伴う貿易・サービス業などであり、いずれも北朝鮮が重要視している産業となっている。


これまで、北朝鮮は1990年代から続く深刻な経済危機から脱出するために、初期的な経済特区の整備を試みてきた。具体的には、羅先自由経済貿易地域指定、1998年に開始された韓国からの集客を目指す金剛山観光事業、韓国企業を誘致するための開城工業地区事業、中国民間企業とのJVで行われた新義州特別行政区などのプロジェクトなどであり、いずれも順調に進んでいない。また、投資環境保護に係る制度欠如などにより、北朝鮮に進出した外国企業(ほとんどが中国企業)の多くが失敗している状況にある。そのため、「羅先経済特区」と「黄金坪・威化島経済特区」の設置に際しては、北朝鮮の国会に当たる最高人民会議常任委員会に諮り、新たにそれぞれに関する「経済区法」を策定している。このような動きをみると、北朝鮮は経済自立に向け全力で経済特区の整備を進めるという、これまでとは違った本気度が感じられる。中国の改革開放の起爆剤となった「経済特区」が北朝鮮においても同様の効果をもたらすか注目していきたい。

中朝共同設立経済特区の概要20121213_006583.gif

出所:各種報道により大和総研(上海)が整理

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