周知のように、胡錦涛政権下で和諧社会の実現が政治的スローガンとなり、市場機能を重視した改革路線を批判する論調が息を吹き返す中で、民間セクターが縮小し国有セクターが再び拡大する「国進民退」と言われる状況が指摘されてきた。本年、国務院発展研究中心と世界銀行が共同で発表した「2030年の中国」、および中国の有力民間シンクタンク、天則経済研究所の研究チームが発表した「中国の行政的独占の原因、行為、およびその破除(打破・排除)」というふたつの報告書も契機となり、国有企業改革や民間セクター拡大についての議論が再燃している。



統計上は「国退
しかし過去10年余、統計上は「国進民退」ではなく、むしろ逆の傾向が顕著である。中国国家統計局の統計年鑑で、一定規模以上の工業企業について、国有企業・私企業別に企業数や就業者数等の推移を見ると、以下の表の通り、いずれの指標でも、2000年から2010年にかけ、基本的に国有企業(国企)のシェアは低下する一方、私企業のシェアは高まっている。2010年、2011年に、一部やや国企の比重が高まる指標が見られるのみである。


国有企業と私企業のシェア推移 



大型国有企業の産業支配とパレート改善過程での私企業の拡大
こうした背景として、およそ3つの点が指摘できる。第一に、歴史的に中国では、既存の国企はそのままにして、周辺に民間セクターを育てるという漸進主義が採られてきており、必ずしも既存国企を民営化していったわけではなかった。民間セクターの拡大は、言わば、新たに拡大していく経済活動を民間セクターが担ってきたという、いわゆるパレート改善過程で生じたものである。他方、国企については、90年代半ばから2000年代初、インフレ、これに対応するための財政金融引締め、不良債権増加という事態が生じる中で、中小国企を整理統合する「抓大放小(大をつかみ小を放す)」と呼ばれる方針が採られた。その結果、各種指標で見た国企の比重は低下していったが、残った国企は私企業に比しより大型化した(国企の平均資産規模は、私企業に比し、2000年の9倍から2011年は23.4倍にまで拡大)。


第二に、国企が一部の産業分野で独占的・特権的に扱われてきたことである。民間セクターが急速に拡大した1990年代半ばから2000年代初、社会主義経済と民間セクターの関係について思想的論争が見られたが、それは、2000年国家統計局報告書で、「国有セクターは、安全保障、高度技術等、一部産業に限られるべきで、こうした分野で国有セクターの支配が維持されている限り、社会主義になんらの変更もない」との見解に収れんした。そして、かかる見解の延長線上で、2006年、国家が「絶対的な控制(支配)権」を持つべき戦略産業として、国防、電力、石油石化、通信、石炭、航空が確認され、これら産業では、多くの国企間の競争はあるも、新規企業の参入は抑制された。また、機械、鉄道、電信技術、建築、鉄、金属加工は、国家が「一定の強い影響力」を有するべき「基礎」または「支柱」産業と位置付けられ、戦略産業ほどではないものの、やはり私企業の参入は抑制されてきた。実際、工業分野を見ると、統計上も、電力、石油・天然ガスといったエネルギー分野の生産シェアはいずれもなお9割以上、また石油加工等も7割程度を国企が占めている。


第三は、より短期的要因である。すなわち、グローバル金融危機への影響を抑えるためには、国有セクター中心の経済構造がより対応能力に優れていると思われたこと、2008年の4兆元の財政刺激策による投資計画の大半が国企によって実行されたことが、特に最近になって、「国退」の声を大きくするきっかけになっている(9月に開催された日中のある会議でも、中国側学者よりこの点が強調された)。上記2010年、2011年の一部指標で、国企のシェアが高まっていることは、こうした事情を反映している。



民間セクター発展のための鍵
より根本的には、中国経済の置かれた状況に対する、中国国内での認識の変化に注目する必要がある。2012年に入ってからの成長率の大きな鈍化は、短期的な循環というより、中長期的に中国経済がこれまでのような投資効率を無視した粗放的な高成長から転換していくべき時期に差しかかっていることを示唆しているのではないか、またそうした中で非効率な国有セクターに大きく依存したままの従来の成長モデルでよいのか、競争環境を整え、民間セクターをさらに発展させる必要があるのではないかという問題意識である。


民間セクター発展を企図した政策方針は、すでに2005年の「非公経済36条(いわゆる老36条)」で提唱され、2010年の「新36条」でも打ち出されてきたが、あまり実効性が上がってこなかった。その大きな理由は、全体的な政策を立案し法律を制定するのは上部機構である国務院だが、それを実際に遂行していくのはその下にある各部門・各地方政府であり、これらが、それぞれの立場・考え方から、必ずしも国務院の発表する方針通りには動いてこなかったためと言われる。その意味で、2012年に入り、実際に政策を遂行する各部門が新36条実施細則を制定し始めたことは、重要な動きと言える。特に注目されるのは、民間セクターの拡大を考える上で重要な分野のひとつである金融で、その国有寡占状態を是正するため、5月、銀行監督委が「民間資本の銀行業への参入奨励に関する実施意見」を発表し、民営企業の銀行への資本参加制限を緩和したこと、および温州金融改革試験区が始動したこと、また同じく国企が独占状態にあるエネルギー部門を所管する能源局が、石油・ガスパイプライン他、すべてのエネルギー関連プロジェクトを民間資本に開放するとした「実施意見」を発表したこと等である(最近、国土資源部が発表したシェールガス開発第2回入札は1回目と異なり、私企業にも開放、9月11日付China Daily)。7月、10月に開催された国務院常務会議でも、上記実施細則の徹底、および、これが2012年に入ってから中国経済が安定に向かっていることを可能とした重要なマクロ政策のひとつであると強調されている。


中国では従来から、民間資本の参入には、目に見えない不透明な「玻璃(ガラス)門」と、仮に参入しても、結局国企に跳ね返されてしまう「弾簧(ばね、スプリング)門」という二つの障壁があると言われてきた。私企業が、実質的に参入を阻んでいる納得できない障壁があると考える場合に、たとえば行政部門を訴える等何らかの訴訟を起こせるような枠組みを整備し、こうした障壁を除去し競争環境を整えることができるか、国企と所管行政部門・地方政府との関係を適正化できるかが、今後の民間セクターの発展の鍵を握る。


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