転換期を迎えるタイの投資政策~地域振興策の行方~

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1980年代以降、タイは、外資を誘致する政策を積極的に行い、輸出志向の工業化を進めていった。現在、タイに進出する日系企業の数は7,000社にも上ると言われているが、進出企業の中には、タイ投資委員会(Board of Investment: BOI)の投資恩典を付与されている例が少なくない。

BOIは工業省の付属機関で、タイの投資政策の立案・実施の中心的な役割を担う機関である。現在、BOIは、これまでの「地域振興」を基礎とする投資政策を「特定産業振興」に転換すべく見直しを行っており、2012年中には新たな政策をまとめ上げる予定だ。

2012年8月時点で、BOIは、7分野、129業種の投資奨励対象業種に対して、法人所得税の減免等の恩典を与えている(図表1参照)。その上で、進出する地域を第1ゾーンから第3ゾーンに分け、バンコクから離れるに従って厚い恩典を付与している(図表2参照)。法人所得税の免除期間は3~8年で、その他、機械輸入税、原材料輸入税の免除等が設けられている。

先日取材をしたBOIの担当官によれば、BOIはこのゾーン制の廃止を検討すると共に、幅広く設定されている投資奨励業種を一段と絞り込む方針のようだ(※1)。具体的には、労働集約型産業への恩典を減らす代わりに、「環境」、「ハイテク」、「再生エネルギー」等に注力するとしている。また、特定産業に対しては、産業ごとに進出地を特化するクラスター制を導入する点にも言及した。タイでは自動車産業がバンコク近郊や東部に、電子・電機産業は中部地方を中心に集積している。また、サムットサコン県のシンサーコン印刷包装工業団地は、印刷・包装業の川上から川下企業が集積している。今後もこのように、重要産業の集積を促す考えだ。

図表1:投資奨励対象業種(7分野、129業種)
図表1:投資奨励対象業種(7分野、129業種)
注:()内は各分野における業種数
出所:BOIより、大和総研作成

図表2:ゾーン別投資恩典
図表2:ゾーン別投資恩典
注1:第2ゾーンにあるIEAT管理の工業団地、BOIの認可を受けた工業団地に立地し、2014年12月31日までに申請が受理されること
注2:第3ゾーンにあるIEAT管理の工業団地、BOIの認可を受けた工業団地、これらの条件下にあるレムチャバン工業団地、ラヨン県内の工業団地に立地するプロジェクトは、第3ゾーン(1)と同じ恩典を受けることが可能。但し、2014年12月31日までに申請が受理されること
注3:10年間のうちの特定年の利益から控除するか、数年に亘って控除するか選択することができる
注4:原材料のうち、国内で生産されていない、もしくは、輸入品の品質が優れているもの。国内に数量が限られているもの。第3ゾーンにあるIEAT管理の工業団地、BOIの認可を受けた工業団地に立地するプロジェクトに適応。レムチャバン工業団地、ラヨン県内の工業団地に立地するプロジェクトは対象としない。2014年12月31日までに申請が受理されること
出所:BOIより、大和総研作成


加えて、タイ政府は、近隣諸国との戦略的な産業間連携の必要性を認識している。2011年8月に発足したインラック政権は、内需の拡大を図ることを目的に、2012年4月に全国の最低賃金を4割引き上げた。バンコク周辺7県では、日額300バーツ(約750円(※2))となり、これは、ベトナム(ホーチミン市、ハノイ市)の2倍以上である。また、2013年には、全ての県で一律300バーツ(日給)の最低賃金が適用となり、企業の負担が増すことは必至である(※3)。大幅な賃金の引き上げにより、タイ国内の縫製業、食品産業等の労働集約型産業は、国外への移転を余儀なくされることが想定される。BOIは先に行われたBoard Meetingにおいて、”Thai Overseas Investment Center”を設立し、アセアン近隣諸国、中国、インドに進出するタイ企業に対して、企業家への研修プログラムの提供、現地進出に係る各種情報提供等で支援する方針を決めた。産業によっては、タイをマザー工場として、近隣諸国からの部品調達を行う構図も想定される。1977年の設立以来、外国企業の投資誘致を担ってきたBOIであるが、タイ企業の海外進出支援もその役割に加わることとなり、タイが中進国となり産業構造の転換期を迎えていることを表している。

投資政策とBOIの役割の変化は、タイが中進国として新たな局面を迎えていることを示すものであり、必然的な流れであると思われる。しかし、タイの投資政策が当初目指した地域振興は道半ばと言わざるを得ない。図表3は、タイの各地域における主要産業の割合を示したものである。タイで最も貧しいとされる東北部や北部の第二次産業(※4)の割合は、バンコクや東部、中部のそれと比べ依然として低い水準にとどまっている。ゾーン制度の導入により、企業はバンコク以外の県への進出を促されたが、その多くは東部、中部に集中した。北部では、電子機器産業の集積も目立つようになり成果が出ているが、東北部では設置されている工業団地も少なく、進出企業は限られている。これまで、賃金面とゾーン制度の恩典を評価して進出してきた企業のメリットが縮小することから、益々地方に進出するインセンティブは減少するであろう。同地域の雇用を生み出す重要な製造業の存在なくしては、上述の最低賃金の引き上げも、思うような成果を挙げることは難しい。投資政策の転換期を迎えるタイであるが、ゾーン制度の代替策として、民間企業の活動を促す地域振興策が実施される必要がある。

図表3:各地域の主要産業の割合(2010年)
図表3:各地域の主要産業の割合(2010年)
注:第二次産業には、製造業、鉱業、公益事業、建設業が含まれる。
出所:NESDBより、大和総研作成

(※1)但し、恩典を既に付与されている企業については、恩典期間が終了するまで継続されるとのこと
(※2)1バーツ=2.5円で計算
(※3)インラック政権は、賃金引き上げによる企業負担を考慮し、2012年より、法人所得税を従前の30%から23%に引き下げ、さらに2013年には20%にまで引き下げる予定である。
(※4)第二次産業には、製造業、鉱業、公益事業、建設業が含まれる。


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