混乱の中、徐々に普及が進むベトナムのバイオエタノール

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  • アジア事業開発グループ 吉田 仁
ベトナムではバイオエタノール(以下“BE”)の導入に関して混乱が生じている。その内容は一言で言えば、需給調整の失敗であろう。市場整備の遅れによる需要の低迷と、過大な生産計画が同時に発生している。本稿では現状を整理し、さらに「2015年にBE利用の義務化」といった報道など中期的な展望、BE導入目標の達成具合について触れる。


2007年に発表されたベトナム政府目標(※1)や、2009年に発表されたアジア開発銀行(以下“ADB”)のBE需要予想(※2)に基づき、ベトナムではBEのプラント建設が多く計画された。ところが原料価格高騰などにより、計画の停止・遅延が相次いだ。さらに国営石油会社のペトロベトナムは国内需要の不足を理由に、生産したBEの一部を輸出した模様である(※3)


さらに、市場の整備も遅れている。消費者サイドやサプライチェーンにおいて、以下の3点の課題が指摘される。

第一に、E5(エタノール混合ガソリン(※4))に対して経済的なインセンティブがない。現在のE5価格はガソリン価格と比べて1リットルあたり500VND(約1.3円)安く(※5)、表面上は2%強のインセンティブが付されている。しかし、エタノールはガソリンと比べて熱量が低いため、燃費が悪いことを割り引く必要がある。E5はガソリンよりも熱量が約2%低い。その分だけ燃費が悪いと仮定すれば(※6)、実質的にE5はガソリンと同価格に過ぎない。

第二に、消費者のE5の質に対する不信感である。BE普及が比較的進んでいるタイにおいても、BE利用による燃費低下、パワー不足、エンジン劣化などの利用者の懸念が払拭されていない(※7)。ベトナムでは上記に加えて、通常のガソリンにおいても一部の粗悪品(メタノールなどの不純物が混合)が火災事故の主因となっており(※8)、ガソリンの質に対する不信感がある。E5となればなおさら不信感が募るだろう。

第三に、エタノール保管タンクの設置などガソリンスタンドの整備である。E5を販売するにはエタノール保管タンクを設置する必要があり、既存のガソリンスタンドの整備コストがかかる。国がそれを補てんしない限り、ガソリン販売企業にとってE5を販売するインセンティブに欠ける。実際、国内シェア60%のPetrolimexは「E5の販売計画はない」と言及していた(※9)


このように生産計画と市場の整備が符号しないために、生産計画の見直しや、余剰生産物の輸出などの混乱が生じている。では、BE普及は全く進んでいないのだろうか。

ベトナムでは少なくとも、以下の3種類の目標が存在すると考える。第一に、唯一の公式目標である2007年に発表されたベトナム政府目標。第二に、その2年後、ベトナム政府の協力のもと、ADBが発表したベトナムのBE需要予想。これはベトナム政府目標の更新版とも考えられよう。第三に、国営石油会社のペトロベトナムのBE生産計画である(※10)。これは一企業の生産計画に過ぎないが、その規模の大きさに加えて(※11)、国営企業であることから、ベトナム政府の政策目標のベンチマークとして考えられよう。

この3種類の目標は後者ほど高い。政府目標は最も古いものであり、その数量も抑えられていることから、目標のボトムラインとも言えよう。

足元では、ボトムラインである政府目標は達成できている模様だ。2010年の政府目標0.6万klに対して、2011年にはペトロベトナムが2万klを国内で販売した(※12)。さらに2015年の政府目標12.6万klに対して、ペトロベトナムは2012年の国内需要を10万klと想定しており、目標達成は目前である。下図の通り、政府目標を超えて国内需要が推移していると考える。

図表:バイオエタノール国内需要にかかる政府目標に対する進捗図表:バイオエタノール国内需要にかかる政府目標に対する進捗

出所:ベトナム首相決定, Decision No.177, 20 Nov 2007、ADB, “Status and Potential for the Development of Biofuels and Rural Renewable Energy — Vietnam” 2009、及びVietnamNews, 23 May 2012よりDIR作成。


では、ADBの需要予想は達成されるか。ベトナム副首相は商工省にBEの利用義務化のスケジュール作成を指示したと報じられている(※13)。その内容は、2013年末までに主要7都市(※14)におけるE5利用義務化、2015年6月までに全国でE5利用義務化。仮にスケジュール通りに義務化が実行されると、混合率5%という2020年の目標が前倒しで達成される。

上記スケジュールはまだ公式発表されたものではない。BE生産者の動向や、前述の市場整備の課題に対する政策対応などを踏まえながら、現実的なスケジュールとなるよう調整しなければ、混乱に拍車がかかる恐れがあろう。


本稿では2007年の政府目標発表以降、需給調整に失敗し混乱が生じている状況を見た。ベトナムに限らず、BE普及を急速に進めることは非常に困難である。なぜなら、BE導入計画を推進するにあたり、生産者・利用者・サプライチェーンというステークホルダーの調整を行いながらバランス良く普及を進める必要があることに加え、普及策には財政的な足かせもあるためだ。

足元、過剰生産分を輸出にて処理をしながら、国内の需給調整を進めていくという現実的な対応がとられている。その間にBEの利用義務化を導入し国内の需給調整を進められれば、混乱は収束に向かうだろう。BEの利用義務化がスムーズに導入できるよう、市場整備の課題に対して十分な政策対応を実行できるか否かに注目したい。

(※1)ベトナム首相決定, Decision No.177, 20 Nov 2007
(※2)ADB, “Status and Potential for the Development of Biofuels and Rural Renewable Energy — Vietnam” 2009
(※3)中部クアンガイ省のプラントは生産量の95%を輸出するとコメントしており、実際、同プラントで生産されたエタノールがフィリピンに輸出されたことが確認されている。(Vietnam Plus, 27 Jun 2012)
(※4)E5とはガソリン95%に対してエタノール5%が混合されたものである。
(※5)VietnamNews, 23 May 2012
(※6)実際の燃費はこのような単純な熱量計算とは異なり、実証試験などにより計測が試みられている。
(※7)吉田 仁「メコンのバイオエタノール先進国「タイ」から学ぶ」、アジアンインサイト2012年3月8日。
(※8)2010~2011年の2年間で324件もの火災事故が報告されており大学や研究機関による調査によると、その主因として低品位なメタノールやエタノールが多くブレンドされていることが指摘された。 (VietnamNews, 17 May 2012)
(※9)VietnamNews, 19 Nov 2011
(※10)ベトナム北部、中部、南部の3か所でそれぞれ年産10万klのBEプラント建設を計画。中部はすでに稼動し、北部・南部も2012年中に稼動予定とのこと。当初計画では2010年稼動予定であったが、これまで数度にわたり建設の遅延が報じられている。
(※11)商工省によると2012年末時点の生産能力は49万klの見通しで、そのうち30万klがペトロベトナムによるものである(VietnamNews, 17 May 2012)
(※12)VietnamNews, 23 May 2012
(※13)VietnamNews, 17 May 2012
(※14)Ha noi, HCM City, Hai Phong, Da Nang, Can Tho, Quang Ngai, Ba Ria-Vung Tauの7都市


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