不均衡をめぐる議論
欧州信用不安等から中国経済にも減速傾向が見られることがおそらく引き金となって、外需と投資に依存する中国経済の不均衡調整(リバランス)をめぐる議論が、最近中国内外で盛んである。メインランドの外では、たとえば、中国銀行(香港)の経済リポート(2月)、Financial Times(4月14日、5月23日付等)、ANZ銀行オンラインリポート(3-5月)、IMFアジア太平洋地域報告(4月)、香港金融研究中心の公開セミナー(5月)等々がこの問題を取り上げている。中国国内でも、「結構調整」問題と呼ばれて本件が議論されるようになっており、国務院研究室、社会科学院や発展研究中心などにも、関連の研究リポートが多く見られる。百度(バイドウ)百科では、リバランスを進める上での主な障害として、次の3要因が指摘されている。第一は、発展段階上での問題で、中国の現在の段階は、重化学工業化が避けて通れない段階であり、特に、同様の発展段階にあるその他の国と比べて都市化・市場化の程度が遅れ、サービス産業停滞の一方で重化学工業が突出したウェイトを占めていること、第二は、(必ずしも文言が適当かどうかわからないが)「体制上の問題」として、過度に投資・外需に依存していること、第三は、政策上の問題で、政府が安い資源価格と安い労働力を前提として、一貫して製造業の輸出を奨励し、「輸出のための輸出」とも言うべき現象が出現したことである。

国務院研究室は、リバランスの鍵として、「4つの発展」、すなわち、協調発展(都市と農村の均衡ある発展等)、緑色発展(環境に配慮した発展)、創新発展(イノベーション)、包容発展(発展の果実が広く行き渡ること)と、「4つの化」、すなわち、高端化(ハイエンド産業の育成)、転型化(サービス産業の発展等産業構造の転換)、信息化(情報化)、および一体化(協調発展に類似した概念と思われる)を指摘する。社会科学院財経戦略研究院では、消費が拡大しない要因として、通常指摘される低い賃金所得や所得格差の拡大等のマクロの問題に加え、中国では、流通構造が複雑で(特に大多数が零細小売商であること)流通コストが高止まりしていること、企業が違法行為を行った場合の代価が小さいため、消費者を欺く企業が横行していること、消費財の品質に対する行政の監督体制が不十分かつ非効率的で、特に食品の安全面で問題が頻発していることを指摘した上で、これらの面での対策が消費拡大に繋がるとする。さらに同院世界経済与政治研究所研究員は、グローバル金融危機以降見られる、中国の金融市場化加速の動きとの関連でこの問題に触れ、危機以前は、輸出と不動産主導の成長パターンが大量の担保を提供した結果、金融機関のリスク管理が問題とならなかったが、今後、成長モデルの転換が進むと、一層の金融改革、金融機関のより高度のリスク管理が要求されることになると論じている。

2008年以降の中国経済を不均衡という観点から単純化すると、外需の成長率への寄与度の低下を、消費が必ずしも拡大しない中で、もっぱら国内投資の拡大で補ったこと、また国内投資に関連する鉄・銅等の鉱物資源や機械・輸送設備の輸入増によって対外インバランスの是正が進んだ過程と言うことができる。言い換えれば、対外不均衡は改善する一方で、成長率の維持、また対外インバランス是正のため、国内不均衡はむしろ拡大する方向にあった。問題はふたつある。第一は、従来の成長パターンは何故持続可能でなくなりつつあるのか、第二に、それでは、中国経済のリバランスは可能なのかという問題である。


これまでの成長パターンは何故持続的でないのか
第一は、投資効率の問題である。投資効率を図る代表的指標として、通常、投資額の対GDPシェアを経済成長率で除した比率が用いられるが、これは結局、投資額=資本ストック増加額であることから、GDPを1単位増やすのに必要とされる資本ストックの増加額、すなわち限界資本係数に他ならない。

中国の限界資本係数は傾向的に上昇(投資効率は低下)してきており、国家統計局の統計等を基に計算すると、1980年代約2.7、90年代3.2、2000年代前半は4.0であったものが、特に2008年の4兆元に上る大型景気刺激予算の執行を受け、2000年代後半以降急上昇、2011年には実に7を超えるに到っている(2011年、実質成長率が9.2%に対し、投資の対GDP比は66%)。日本の通商白書2006年版によれば、1960年代後半、日本の高度成長期の同比率は2.9、また80年代後半から90年代前半、アセアン諸国が比較的高い成長率を示した時期の比率は概ね3.0-4.0程度であり、中国の限界資本係数は、これらと比べても著しく高い。仮に、今後中期的に7%程度の経済成長(12次5ヵ年計画で想定されている成長率)を、かつてのアセアン諸国の高成長時の投資効率(限界資本係数3.0-4.0程度)で達成しようとすれば、投資の対GDPシェアは、現状の60%以上から20-30%程度にまで下がらなければならない。

第二に、資源への影響である。製造業、特に重化学工業の発展が成長を主導してきた結果、中国は今や、石油、鉄鉱石、銅等の大口輸入国になっている。商務部統計では、2002年から2010年にかけ、中国の輸入総額は4.7倍となっているが、鉱物燃料・原油等の輸入は10倍近く増加している。こうした中国の輸入急増も一因となって、2000年代、鉄鉱石や原油の国際価格が急上昇する結果となった。中国の資源輸入が今後も過去10年間と同じペースで続くと仮定すると、他の国の需要が仮に現在と同じ水準としても、サウジアラビアはその原油生産量を倍に、またチリはその銅生産量を3倍にする必要がある(ANZ銀行)。

第三は、環境との関係である。重化学工業主体で、投資主導の経済成長を続けてきた結果、中国の環境汚染は悪化の一途を辿っている。大気汚染が深刻化している他、温室効果ガスについては、2010年、中国の排出シェアは、世界全体の27%にまで上昇している。2011年も、国際エネルギー機関(IEA)の暫定推計では、世界の化石燃料によるCO2排出量(CO2排出全体の約80%)は31.6ギガトン(前年比3.2%増)と過去最大を記録したが、この背景には、中国の排出量増加が720百万トン(9.3%増)と大きく増加したことがある。現在のトレンドが続くと、2017年には、一人当たり排出量で見ても、米国を抜いて世界最大となる可能性が高い(リサーチレポート 中国経済「環境問題への対応」)。

その他の要因として、そもそもマクロ的な貯蓄・投資バランスを見ると、これまでの投資増加は、国内の高い貯蓄率によって支えられてきたということが言えるが、今後高齢化が急速に進むにしたがい、貯蓄率は低下していく可能性が高い(2011年8月8日アジアンインサイト「中国の貯蓄はなぜ高いのか」)。さらに、所得分配との関連を考える必要がある。中国経済は、低い労働コストを武器に高い競争力を維持してきた製造業の投資・輸出に依存して、高成長を続けてきた。他方で、賃金がマクロ経済の成長率ほど伸びないことから、雇用者所得のGDPに占めるシェアは趨勢的に低下し、このため消費が盛り上がってこない。消費が弱いため、結局、投資主導で成長を維持せざるを得ないという悪循環が発生している。また高成長の過程で所得格差は拡大してきたことで、分厚い中間層が育たず、消費にはマイナスの影響を与えている(2010年8月2日アジアンインサイト「中国の所得格差をどう見るか」)。分厚い中間層が育たないと、いわゆる「中所得経済の罠」に陥る危険性が高いことは、国際的にも広く指摘されている。最後に、中国の成長は外需にも大きく依存してきたが、外需に過度に依存すると、グローバル金融危機を経て明らかになってきたように、自国の成長が外部要因によって大きく左右される。


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