フィリピン政府は、12年4月に大半を台湾やシンガポールなどから輸入していた金属製品及び電子部品の国産化を推進するMakibayan計画を発表した。同計画では、電子機器検査施設を今年中に設立することに加えて、金属業界が共同利用できる工作機械と金型の組立施設を設立するとしている。

電子産業は、同国の輸出のうち約60%を占める基幹産業である。ただ、輸出の主力は、電子部品を輸入し、ハードディスクドライブ(HDD)などに組み立てるなど付加価値が低く、国内での電子部品の裾野産業の育成が遅れていた。同計画の目的は、これまでほとんどを国外に委託していた半導体などの検査工程を、国内で実施するとともに、裾野産業を工作機械と金型組立の段階から育成し、電子産業の集積度を高めてゆくことである。

同国ではこのような明確な産業政策は、10年ほど前までは見られなかった。それまで政府は、他のアジア諸国とは異なり、投資優遇税制を中心とした戦略的な産業政策を打ち出すことには消極的であった。04年に面談した同国の経済閣僚経験者によれば、「税の減免よりも規制緩和の方が効果的である」という考え方が政府の経済政策の基本にあった。また、効果的な産業政策を打ち出そうとしても、財政難に加えて、官僚の能力不足や意思決定の遅さが障害になっていたとみられる。

しかし、投資インセンティブの付与に躊躇した結果、電子産業をはじめとする製造業への直接投資をみると、継続投資はみられるものの、新規投資は06年ごろまで低迷していた。

たとえば、電子産業をみると、90年代から同国の基幹産業として輸出を伸ばしてきたものの、台湾とマレーシアの電子産業の後塵を拝していた。両国では、税の減免措置とハイテクパークの提供といった政府の戦略的な産業政策を梃子に、電子産業が80年代に急成長していた。2000年代に入ると、やはり税の減免措置を武器にしたタイがHDD生産量で世界一に躍進した一方で、フィリピンの電子産業は伸び悩んでいた。

さらに、ASEANの原加盟国(フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、ブルネイ、シンガポール)では、2002年の共通有効特恵関税の発効により、域内貿易における殆どの品目の関税が0~5%になった。これを機に、日系はじめ外資系企業は、自動車、電気・電子など機械産業を中心に、ASEAN域内で緻密な生産分業体制を構築するようになった。しかし、フィリピンは、この生産分業体制にはほとんど組み込まれていない。インセンティブが無いことや治安が芳しくない面があることなども、投資の検討に当たり、不利に働いたとみられる。

また、同国には苦い経験がある。96年に米自動車メーカーGMの生産拠点の誘致をタイと競って敗れた。これは、タイが、輸入部品関税をはじめとする思い切った優遇税制措置をGMに提示したためである。タイは、2011年に大規模な洪水被害に見舞われたものの、GMの誘致を呼び水に自動車産業が集積し、「アジアのデトロイト」と言われるまでになった。この誘致失敗も、域内の生産分業体制から外れる遠因になったものとみられる。ある日系メーカーは、本来フィリピン人は手先が器用で、製造業に向いていると評価している。もし、フィリピンが誘致に成功していれば、その後フィリピンは製造業の拠点として脚光を浴びていた可能性がある。

そこで、政府は、この経験を踏まえて2000年代に入ると戦略的な産業政策を打ち出した。コールセンター業務を中心としたBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業を育成すべく、投資優遇税制を設けて外資系企業の誘致を図ったほか、同産業の育成を専門業務とする官庁CICTを立ち上げた。米国企業を主要顧客として、より米語に近い英語が話されていること、アメリカと大きな時差があることを生かして、同国のコールセンター業務の規模は、最近ではインドを凌ぐまでになったとみられる。

電子産業についても、新たな産業育成政策の発表と前後して、半導体製造拠点をタイからフィリピンに移転させる動きも出てきた。ASEAN現加盟国の中では最も安い人件費と、英語圏であることが評価されている模様である。さらに、政府は、農業分野でも衰退していたコーヒー栽培の育成にも乗り出すなど、最近は矢継ぎ早に産業政策を打ち出している。

産業政策の効果については賛否両論があるが、新興国においては有効かつ不可欠とみてよいであろう。政府の産業政策が、どのような成果をフィリピンにもたらすか、注目したい。


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