華僑・華人と最近の投資移民ブーム

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  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 張 暁光
地球上人間の住むいたるところに華僑・華人(※1)が見られるという言葉に象徴されるように、中国人系による地理上分布の広さと長い移民の歴史が物語られている。2010年時点で中国大陸及び台湾、香港、マカオを除く世界の津々浦々に住んでいる華僑・華人の総人数は約4500万人である。そして、彼らの移民の歴史もある面で中国と世界の関係史を反映している。遡って歴史上中国から海外への移民ブームを見ると、目下中国が第3回目の移民ブームにあたっている。この新華僑・華人が中心役になる移民ブームは従来と異なる特徴をもち、中国及び世界に与える影響について注目されつつある。


1.伝統移民の歩み:

中国人は、遅くとも16世紀頃から中国の東南沿海部の漁師と商人を中心に最寄りの東南アジア地域や近隣諸島にアプローチし始めた。当時主に自由貿易の形で往来し、定住に至った。この小規模で、偶然と見られるビジネスによる移動と移住はブームとはいえなかったが、中国人が大陸から海外へ移住する歴史の早期段階と考えられる。

その後、18世紀中期~18世紀の後半期に入ると、中国人が大量に東南アジアへ、一部が米国へと移動するようになり、海外移民の第1回目のブーム期を迎えた。当然彼らは海を渡った時の最初の気持ちとして祖国を捨てて他国へ移住するという目的は、ほとんど持っていなかったようであるが、結果として現地に住み込んで現地における華僑華人社会の基盤作りの役目をおった。現在世界に分布する「チャイニーズタウン」の雛形はこの時期にできたと見られる。この期の移民ブームを形成した原因は、アヘン戦争の失敗で、大清帝国政府としてやむを得ず門戸開放策を行い、通商拡大に伴う労務提供と個人の出稼ぎのニーズが急拡大したためとみられる。そして、米国のカリフォルニア金鉱開発と、米国大陸横断鉄道建設に沢山の中国人労働者がはじめて北米大陸に集められた。この期の移民者は殆ど中国社会の貧困層からでている。

20世紀初期~中期は、中国歴史上第2回の海外移民ブーム期であり、また中国近代史上最も激動の時期でもあった。期間中に起こった第一次、第二次世界戦争、全国を席巻した国内戦争が中国社会の諸分野のインフラを壊滅状態に陥れ、国民生活が常に極端な状態に追い詰められた。

このような時代背景のもと、戦争からの避難と短期間の移住はこの移民ブームの基本目的となり、家族ぐるみの移民パターンが多かった。そして、移民者の構成は従来の出稼ぎ貧困層のほか、社会の上流階層、資産家、高級軍人も多く入っていた。このような流れで20世紀中期に華僑華人の分布が世界中に広がっていった。 推定では当時の人数は約1500~1700万人もあり、その90%が東南アジア、残りの約10%弱が北米、その他北東アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、大洋州に点在する。これで全世界に繋がる伝統的な華僑華人社会ができ始めたわけである。


2.第3回移民ブームと新華僑華人:

1970年代末頃から始められた「改革・開放」政策が中国社会に近代化へ進む原動力をもたらしてきたと同時に、中国の歴史上第3回の移民ブームを醸成している。この期間中に海外に移住した人々は新華僑華人と呼ばれている。彼らの出国理由は最初の親族合流(70年代末頃)から留学-技術移民(80年代以降)、さらに最近になって(2007年以来)投資移民というブームが主流になってきている。この期間における海外移民の人数については、研究者の間に大きな食い違いもあるが、一般的に信頼できる数字は約450万人(※2)と推計されている。これらの新華僑華人は伝統的な意味の華僑華人(以下「老華僑華人という」と比べて下記のような特徴が見られる。
  1. 高学歴者が多数
    1. 目的が留学-技術移民にしても、投資移民にしても、単純労働者が中心であった伝統移民と異なり、新華僑華人では高学歴者が移民の多数を占めており、構成者として社会エリートと富裕層が少なくない。そのため、移住国における活躍分野は老華僑華人の活動範囲より遥かに広がっている。

  2. 社会公共事業への参画意欲が強い
    1. 新華僑華人は地域への溶け込みが早く、老華僑華人のような「固まり生活圏」を好まない。その影響で彼らによるチャイニーズタウンは見当たらない(例:シリコンバレー)。彼らは「客居」意識より、地元に根ざした市民意識が高くて、政治、経済によるあらゆる手段で地方公共事業に参画しようとするスタンスである。

  3. 移民目的が明確
    1. 新華僑華人にとって海外移民は結果論ではなく、最初から明確な希望と目的をもつ人が多い。その移民の理由に関するアンケート調査結果では下記のようなポイントを示された。
       ア.よりすみ易い社会・自然環境が欲しい
       イ.充実した福祉厚生制度を重視
       ウ.子供に適性のある教育環境が必要
       エ.新たな事業発展チャンスを探す
      上記のような思惑で新華僑華人は家族ぐるみでの移民のケースが従来と比べて断然高い。



図表1:2007年世界各地域における華僑及び新華僑の人数
図表1:2007年世界各地域における華僑及び新華僑の人数


3.急増した投資移民の行方

上記新華僑華人のうち、投資移民の伸びが次第に上昇する傾向にある。2001年~2006年の年間平均伸び率が約17%であることに対して、2007年以来一気に50%まで急増している。この影響で受け入れ国は相次いで関連法の修正に着手した。2010年カナダは投資移民政策を8回ほど修正し、米国が2回、オーストラリアとシンガーポールが各1回修正を行い、いずれも投資額を高めることが主な修正内容になった模様である。しかし、2011年米国が受け入れた投資移民のなかで、中国人が75%、カナダでは62%、オーストラリアでは17.5%を占め、主要各国で中国が最大の投資移民提供国になっている。

中国は世界の工場となるうちに、薄い利益率で環境破壊の代価を支払った。その小銭稼ぎで財産を築いた富裕層が「より住み易い環境」を手に入れるために先進国への投資移民に群がっている。そして、中国は先進国に投資移民のルートによる「(人)材」と「財(産)」を提供する最大の基地にもなりつつあることは意味深いことである。

図表2:中国移民の歩みと時代背景
図表2:中国移民の歩みと時代背景

(※1)中国における定義は「華僑」とは海外に定住しながら依然中国国籍を保つひと;「華人」は中国国籍を離脱し、中国大陸以外に住む人々を指す。
(※2)「華僑華人研究報告(2011)」


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