ASEANの各証券市場はもはや新興市場とは呼べない?

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ASEANの各証券市場(※1)は「新興市場」として扱われることが多い。しかし、実際にはASEANの各市場がどのような発展段階にあるかが具体的に意識して語られることは少ないのではないか。「新興市場」の定義や発展段階の評価には様々な尺度が考えられるが、ここでは新興市場は「他国と比べて歴史が浅く、成長性の高い市場」と考え、ASEANの各市場が実際に新興市場と呼べるものであるかを検証する。

ASEANの各取引所の発展段階を知るに当たり、本稿では世界の他市場との比較分析を行う。比較分析に当たっての評価軸としては、収益、規模(時価総額、上場企業数など)、取引件数など様々なものが考えられる。今回は市場そのものの成長性を評価するために、上場企業の増加数と時価総額の増加率に焦点を当てる。下記の図表1は横軸に時価総額(株式のみ)の年次成長率、縦軸に上場企業数の増減数を取り、過去5年間の各市場の成長性を表している。この観点でみると世界の主要な株式市場は3つのグループに分類される。それぞれ、(1)高成長グループ、(2)中成長グループ、(3)低成長グループとなる。

【図表1】世界の主要株式市場の成長性(2006年~2010年)

【図表1】世界の主要株式市場の成長性(2006年~2010年)

出所:World Federation of Exchanges、Bloombergを元に大和総研作成
注:1つの企業グループが複数国で取引所を運営する場合は地域ごとに纏めている。例えば、Nasdaq OMXグループは米国と欧州でそれぞれ複数の取引所を運営しているが、上図ではNasdaq(US)、OMX(EU)で纏めた。図中で同色に色づけされた市場は同一企業グループ傘下。ただし、枠が点線のものは吸収・合併の交渉中または過去に交渉が行われたもの。

さらにグループごとに取引所の平均運営年数を算出すると(1)のグループが約15年、(2)のグループが約47年、(3)のグループが111年となる(図表2参照)。

【図表2】各証券取引所の開業時期と各グループの平均運営年数

【図表2】各証券取引所の開業時期と各グループの平均運営年数

出所:各取引所Webサイト等を元に大和総研作成
注:開業時期は必ずしも設立年ではなく、取引市場として本格的な稼動を開始した年。Euronextは誕生時に参加した取引所のうち、判明する中で設立時期が最も遅いブリュッセル証券取引所の設立年。OMXは傘下で中心となる取引所の中で設立が最も遅いヘルシンキ証券取引所の設立年。オーストラリアは、かつて国内で複数存在した各取引所間で様々なルールが統一された年。上海は文化大革命後に現在まで続く形で再設立された年を採用した。

図表1と合わせると、取引所は運営期間が長くなるにつれて成長性が低下することが分かる。成長性と運営年数を加味すると最終的に各取引所は次の3つのグループに分類される。それぞれ、(1)創業期:高成長グループ、(2)安定期:成長鈍化グループ、(3)成熟期:低成長グループとなる。それぞれのグループの特徴は以下のようになる(図表3参照)。

【図表3】運営期間・成長性で分類された3つのグループの特徴

【図表3】運営期間・成長性で分類された3つのグループの特徴

出所:大和総研作成

上記のグループ分けでASEANの主要7市場をみると、ベトナムの2市場を除く全てが(2)安定期:成長鈍化グループに位置することが分かる。つまり、ベトナムを除くASEANの各市場は成長性という観点においては既に新興市場とは呼べないのである。むしろ、似通った多くの市場との間で激しい競争に晒されている。実際、ASEANの各取引所は「ASEAN Trading Link」(※2)と呼ばれる取引市場の相互接続を中核とする協調策を進めており、ASEAN内での競争を避け、一体となって他市場との差別化を試みている。一方で、ベトナムは今まさに新興市場として高成長を遂げる段階にある。設立間もないラオスやカンボジアは、他国の例に倣うとすれば今後5年後~20年後程度の間に高成長を遂げるとみられる。結論として、新興市場としてASEANの証券市場に今注目するならばその筆頭はベトナムである。

(※1)主にシンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、ホーチミン(ベトナム)、ハノイ(ベトナム)の7取引所。昨年ラオスが開業し、カンボジアが開業間近となる。
(※2)ASEANの各取引所にて他のASEAN取引所の上場銘柄を相互に取引可能とするシステムネットワーク。来年にもシンガポールとマレーシアが相互接続を開始する。その後、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナムの5取引所が順次接続する予定である。最終的には、ASEAN Trading Linkに参加する各市場の上場銘柄がどの市場からも売買可能となる。加えて、ASEAN内の相互接続が完了した後には、域外の投資家が同Linkに接続し域内の上場銘柄を自由に売買可能となる仕組みも提供予定である。


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