中国不動産税試行はどう進んでいるのか?-評価とその行方

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中国では、これまで個人の居住用住宅は免税とされていたが、2009年からの不動産価格高騰を受け、2011年1月28日から、上海と重慶で、地方税として試行的に新規購入住宅を対象に不動産税(房産税)が導入され、四半期余が経過した。試行されている不動産税の概要は、不動産市場価格を算定根拠として、上海では税率(年)0.6%(住宅価格が前年平均販売価格の2倍以上)、または0.4%(同2倍以内)、重慶では高級住宅(平均販売価格の2倍以上の物件)を対象に、0.5%(住宅価格が平均販売価格の2-3倍)、1%(同3-4倍)、1.2%(同4倍以上)等となっている。

(導入時の議論)
上海、重慶で導入された時点では、その市場等への影響を限定的に見る意見が多かったように見受けられる。1月28日付財新網報道(雑誌“新世紀”)は、関係筋の様々な意見をまとめて伝えているが、たとえば、「マクロ面の金融緩和や不動産供給面の制約といった客観的な状況を考えると、不動産税導入の市場へ与える影響は限定的」(不動産学会副会長、中欧国際商工学院教授)、「上海、重慶とも税率が低く、その効果は限定的」(北京科技大教授、申銀万国証券レポート)、「市場への短期的な影響は実質的なものではなく心理的なもの、既得権益に配慮し、また中古住宅の大量の売りが出ることを防止する観点から、対象範囲が上海で住宅全体の10%程度、重慶は高級物件のみと、限定されすぎている」(東北証券評論)等である。さらには、「春節前の一般庶民へのお年玉(紅包)、空手形(空頭支票)にすぎない」といった酷評も見られた(社会科学院公共管理政府政策所研究員)。他方、一部その意義を強調する論調も散見された。「小さな一歩だが、全国的に広がると中長期的には大きな変化もあり得る」、「非課税だった住宅の保有が課税されること自体象徴的な変化である」、「高齢化、ルイス転換点を迎える中で、引き続き不動産が投資(投機)対象となり得るのか、不動産業が最も収益率の高い分野であり続けるのかという基本的な問題に影響を与え得る」(華泰聨合証券)、「政府の不動産投機抑制への決意は強く、市場への影響は短期に止まらないかもしれない」(広発証券)等である。

(四半期経過後—評価は時期尚早、結論先送り)
施行後四半期が経過し、先般発表された1-4月の税収は、上海約百万元、重慶約70万元程度であり、税収が少ないことを根拠として、効果が上がっていないとする指摘が多い。さらに今年に入り落ち着きを見せていた住宅価格が、4月に再度上昇率が加速したことも、効果が上がっていないのではないかという議論に拍車をかけている。ただし、これらは、主に不動産税に反対する地方政府(税収が土地開発、住宅価格高騰に依存している)、開発業者、高物件不動産を保有する富裕層などの既得権益集団からの議論(効果がないからやめるべきとの議論)であり、ある意味ではわかりやすい。知り合いのある中国人学者は筆者に対し、不動産価格抑制という観点からは、試行されている不動産税は既得権益に配慮して種々の緩和措置がとられており、全く効果はないと断定している。既得権益に配慮していることは、地方の役人が試行後も何件もの家を購入していることからも明らかという。これに対し、試行を肯定的に評価する論者は、広さではなく単価を基に高価格物件に課税しており、大半の普通住宅は非課税であること、両市とも、投機需要が抑えられ、販売量、販売面積が減少して税収が少なくなっているわけで、その意味ではむしろ成功と言うべきであると反論している(5月24日付北京商報他、住房城郷建設部政策研究センター副主任)。ただし、販売量等が減少しているのは、単に開発業者が売り惜しみ、在庫を貯めこんでいるだけかもしれず、そうであれば効果が出ているとは言いがたいとの指摘もある(同、中央財経大学教授)。知り合いの別の学者は筆者に対し、非居住者が購入し難くなっている点で効果はそれなりにある、今後北京に導入されればその全国への影響は大きい(したがって、北京への導入は慎重に行われる)としている。

こうした中で、有力シンクタンクである社会科学院は、5月5日「不動産青書(房地産藍皮書)」を発表、その中で、既得権益集団の反対が予想されるが、12次5ヵ年計画期間中に全国的に不動産税を広げ、「流通に重く保有に軽い」という現行の税体系を抜本的に改めるべきと提言している。言わば、税体系全体からの問題提起である。このように様々な議論が出ているが、何れにせよ、税収の大半は年ベースで年末に徴収されるので、四半期実績だけで効果を云々するのは時期尚早であるとして、評価を先送りする論調が行政に近い側から出てきている(5月15日付第一財経日報、財政部財政科学研究所所長、5月22日付人民日報、国家税務局科研所)。消息筋によると、北京が年後半に導入する可能性が高くなった旨であり、これが実現すると、全国ベースの導入に向けてのシグナルになるとするが、北京市の関係部局は、公式には何もまだ聞いていない(没听说过)としているようである。現時点では、全国的な導入にはなお一定の時間が必要となる可能性が高いようだ。

(不明確な不動産税の政策目的が百家争鳴の議論に)
不動産税の効果、またこれを全国的に広げるべきかどうかについて、議論が百家争鳴であるひとつの背景は、税の目的についての認識が、関係者間で必ずしもはっきり共有されていないことにあるのではないか。試行的に導入された経緯からすれば、その目的は一義的には、住宅価格の高騰を抑えることにあったと思われるが(その場合、価格が下がらないと失敗という評価になる)、他方で地方政府の税収基盤の強化を考えている向きもある(税収が少ないと失敗という評価につながる)。また、貧富の格差を縮小させる所得再配分機能、不動産保有コストを上げて、空いたままになっている不動産を少なくし、資源の有効利用を図る資源再配分機能が主であり、価格抑制は一義的な目的ではないとする見解もある(したがって、価格が下がらなくても失敗ではない、5月22日付人民日報, 住建部副主任、北京大学不動産研究センター主任)。もちろん、こうした所得再分配機能、資源再配分機能、価格への影響、地方政府の税収構造などは、すべて相互に関連する話ではあるが、今後、政策当局として、具体的に特にどういった面を政策目標としてより重視していくのかによって、試行の評価が左右され、ひいては全国レベルでの実施のあり方や導入のタイミングにも影響を与えることになろう(財政部、国家税務局、住房城郷建設部は、一応公式には、試行開始の発表をした1月の記者会見で、試行の経験を総括した上で全国的に導入していくと発言している)。

(租税法定主義と政策の機動的な実施)
なお、基本的な問題になるが、不動産税試行に関しては、わが国等では普遍的と認識されている租税法定主義がどう理解されているのか、やや不明である。もちろん中国も、企業所得税や個人所得税など、それぞれ関連法規があり、それらは国会にあたる全人代の承認を得ており、政治体制は異なっても、一応租税法定主義の形式を採っているが、不動産税の試行はそうした手続きを経ず、いわば行政命令だけで施行されている節がある。これはどのように理解すべきなのか、「試行」段階であるから構わないということなのかどうか。これに限らず、中国は経済改革・開放の過程で、様々な政策を一部地域・分野で実験的に実施した後、その経験を踏まえて全国的に広げていくという手法を採用してきたことは周知の事実である。「試行」という形式を採ることで手続きを簡素化し、機動的に政策を実施できた結果、効果が上がったという面もあろう。しかし、税徴収に関わる政策の場合は、やや疑問が残る。何れにせよ、そうした観点からの議論が中国国内では見当たらないのは、中国独特かもしれない。

(参考)不動産税試行の概要
  上海市 重慶市
課税対象
  • 上海市民:新規に購入する2軒目以上住宅
  • 非上海市民:新規に購入する住宅
  • 重慶市民:既存所有の一戸建て、新規に購入する一戸建て・高級物件(過去2年平均価格の2倍以上)
  • 非重慶市民:新規に購入する2軒目以上の住宅
税率(年)
  • 0.6%(住宅価格が前年の平均販売価格の2倍以上)
  • 0.4%(同2倍以内)
  • 1.2%(住宅価格が新規建築住宅取引平均価格の4倍以上)
  • 1%(同3倍以上4倍未満)
  • 0.5%(2倍以上3倍未満)
  • 非重慶市民は5%
算定式
  • 課税額=課税対象建築面積×面積当たり市場取引価格×70%×税率
  • 免税対象面積60㎡
  • 課税額=課税対象建築面積×建築面積当たり取引価格×税率
  • 免税対象面積100または180㎡
主な減免
措置
  • 上海市民が住宅を新規購入した後、従前保有していた住宅を一年内に販売し、新規購入した住宅が唯一の住宅になった場合の税還付
  • 満3年以上、上海で就業・生活する非上海市民の1軒目の住宅購入
  • 農民が敷地内に建築する自家用住宅
  • 非重慶市民が、戸籍や就業先を有する等の一定条件を満たした場合


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