中国の地方政府は被災地企業の心をつかめるか

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東日本を襲った地震と津波は、岩手、宮城、福島、茨城を中心に地域の生産拠点にも甚大な被害をもたらした。さらに原発事故も加わり、広範な地域で製品・部材等の供給が制約され、実際に生産に支障が生じるなど、日本のみならず世界の製造業でサプライチェーンが寸断されて地球規模で被害が拡大したことは記憶に新しい。

この状況を受けて、世界の工場である中国が動きだした。第一弾としては、既に中国に進出している日本企業の現地下請けメーカーが、東日本地域の中小企業の代替工場として生産量を増やし、汎用品の需要を大きく取り込んだ。次いで、東日本地域で被害を受けた工場設備を移転して、中国において東日本のサプライチェーンを代替する動きも加速しているようだ。

中国の地方政府が新たな動きを始めたことも注目される。東日本地域の中小企業群について、従業員を含めそのまま受け入れて、中小企業団地を作る構想を打ち上げる地方政府が増えているのだ。これまで中国の地方政府は、日本企業の技術や管理ノウハウを求めて地元への企業誘致を競ってきた。工業団地を造成し、税の減免や港湾・道路などのインフラを整備して立地の優位性をアピール、日本企業の取り込みを必死に進めようとしてきた。しかし、現実には知財権保護などで日本企業に警戒感も根強く、実際に誘致が成功する確率は必ずしも高いものではなかった。

ところが、今回の震災を受けて廃業を余儀なくされる中小企業が続出、被災地の雇用問題は深刻の度合いを深めている。特に福島では復興どころか復旧すらままならない状況で、先の見えない原発問題にしびれを切らす中小企業経営者が増えている。要するに、このまま放置すれば自然消滅して行かざるを得ない被災地の企業にとって、このタイミングでの中国への移転はこれまでとは全く異なり、真剣に進出を検討する機運に繋がることも少なくないようだ。

何れにしろ、こうした地方政府の動きで最も早かったのが、日本人にも馴染みの深い瀋陽市である。中国東北地方の中心都市である瀋陽は旧満州地域の核として発展し、歴史的に日本との関係が深い。瀋陽は現在造成中の工業団地をそのまま日本企業特区に指定して、被災地企業が単独ではなく町ごとまとまって移転できるような形を整えた。この施策には被災した東日本地域の企業への支援の意味合いもあって、土地代などは全て無償で提供する。税金も当面は免税され、必要な生産設備の移転や日本からの従業員の移住にも便宜を図る内容となっている。中国側にとっては、これまでなかなか誘致出来なかった日本企業をまとめて誘致できる上、技術や管理ノウハウを習得し、日本企業のサプライチェーンの一部をそっくりそのまま取り込めるというメリットがある。正にWin-Winの関係が構築できるという構想である。

瀋陽がこの構想を打ち出して以降、中国の多くの省・市から外務省にこの種の相談が持ち込まれているようだ。当初は案件ごとに被災地の自治体につないでいた外務省も、現在では通常業務が滞るほど引合いが増え、それを捌くのがやっとの状況だという。

また、当初は土地代や税金を免除するという程度だった優遇措置がエスカレートする様子も見られる。天津市は市政府直轄の工業団地管理会社を設立して、同社を通じて企業立地に関わる全問題を政府が主導して解決する制度を計画している。

具体的には、工場用地はもちろん、工場建屋、従業員寮などの付帯施設の建設、生産ラインの導入まで管理会社が一手に請け負う。日本からは従業員が身一つでやって来れば良く、当面の運転資金まで管理会社が企業に低利で貸し付けてくれる。現地の中国企業との交渉や生活面での不便を取り除くため、通訳者まで派遣してくれるという。現地で新たに従業員を雇用する必要があれば、管理会社が代わって専門的な人材を採用し、研修なども代行してくれる。進出企業にとって、正に至れり尽くせりの内容が想定されている。

以上の制度は、中国で企業誘致競争が激化した2007年頃に天津市政府が打ち出したワンストップサービスを基礎にしている。当時は中国に進出する企業が抱く不安を取り除き、開業時の困難を解決してスムーズな進出が図れるように導入された有料サービスであった。同サービスは市政府が前面に出てサポートしてくれるという点が人気で一定の効果を上げた。それが今回の東日本の震災を受けた被災地企業の誘致競争の中で再び着目されているのである。

震災前は中国への進出に二の足を踏んでいた中小企業も、現在は存続の危機に瀕して選択を迫られることが多くなっている。座して廃業への道を選ぶか、中国へ活路を求めるか、中小企業経営者にとっては極めて重要な選択ということになる。その迷いを断ち切ろうと、上述したように中国の地方政府が様々な魅力的な復興プランを提示している。

果たしてこれらのプランは日本の中小企業経営者の心を捉えることができるだろうか。東日本大震災の産業復興プロジェクトは、ある意味で地元以上にお隣の中国で熱を帯びはじめている。


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