中国の「不動産バブル」はどの程度なのか?

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(事実上、庶民は家を買えない)

近年の中国における不動産価格の高騰を「バブル(泡沫)」と呼ぶべきかどうか、中国国内でも完全に意見の一致をみているわけではないようだが、経済全体のパフォーマンスやその他の経済指標との関係で、正当化し難い伸びを示しているという点は疑いなく、庶民の怨嗟の的となっている。価格の上昇は、特に都市部で著しい。実態を示すまとまった公式統計が少ないが (※1)、“一线城市的房产泡沫严重”中国发展观察 2011年 6期によると、2008年11月から2011年5月までのわずか2年半の間に、1平方メートル当り売買価格はおよそ、北京で12,000元から25,100元、上海14,800元から24,000元、深圳9,500元から17,500元、広州6,800元から13,500元へと、60-110%程度の高い上昇率となっている。北京中心部では現在、1平方メートル3万元程度、広さ百平方メートルのアパートが3百万元(日本円で4千万円程度)するという。北京市の統計によると、同市給与所得者の平均年収は、2010年約5万元、仮に住宅購入を考えている層の貯蓄率は平均より高いと想定し、60%と高めに見積もっても(中国統計年鑑から得られる都市住民の平均貯蓄性向約30%の倍の貯蓄率を想定)、百平方メートルのアパートを買うのにちょうど100年(3百万元を5万元の60%で割ったもの)かかる。中国では共働きが多いが、その場合でも50年かかることになる。平均年収は、一部の富裕層によって引き上げられている面があり、所得分布の形状はどちらかと言えば、正規分布ではなく対数正規分布に近い可能性が高く(平均より下に分布の山がある)、そうであれば大半の人口は平均年収以下で、100年(あるいは50年)以上の年数がかかる計算になる。

(現在の価格は適正価格の3倍をはるかに超える)

それでは、他の経済指標との関係で見ると、不動産売買価格はどの程度過大評価になっているのか?上記、“中国发展观察”で社会科学院趙教授が行っている試算がひとつの参考になる。いわば生活感覚からのアプローチである。手掛りとして、アパートの賃貸料を見る。賃貸料は、実際のアパート需要を反映してか、売買価格ほどは高くなっていないようである。北京中心部の月家賃は、1平方メートル当りおおむね40-60元、平均で見ると、3百万元で購入した広さ百平方メートルの物件を、年約6万元(月平均5千元×12ヶ月)で貸せる(これでも、上記平均年収5万元では借りられない)。売買価格(3百万元)/年賃貸収入(6万元)比は50であり、およそ50年で回収、即ち年2%の回収率ということになる。実際には諸経費がかかり、また借主が見つからず空き家になる場合があることも考慮すると、年賃貸収入はもっと下がり、仮に1割減とすると5.4万元(6万元×90%)である。現在、銀行の1年定期預金利率は3.25%(昨年10月以降、4回目となる4月の利上げ後の水準)、であり、5.4万元の利息を預金で得るためには166万元(5.4万元÷3.25%)しか必要ない。言い換えれば、3百万元という不動産価格は、ちょうど80%(3百万元÷166万元)あまり過大評価されている計算になる。実際には、1年定期預金よりリスクの高い投資機会があり(たとえば5年の定期預金金利でも5.25%)、また住宅ローン利子の機会費用も考慮する必要があるため、この「80%」という数値は、過大評価率としては最も低い推計値である。3百万元の30%を自己資金、残りを5年以上のローン(6.8%、4月の利上げ後の金利水準)で賄ったとすると、自己資金分90万元にかかる1年定期預金利子は2.9万元、残り210万元にかかるローン利子は14.3万元、計17.2万元となり、年賃貸収入5.4万元の3.2倍となる。こうした金利水準自体、インフレとの関係では実質マイナス金利で適正水準ではなく、これを是正するためにはもっと金利を引き上げるべきとの議論も強い。そうなると、この計算での過大評価の程度はさらに大きくなる。何れにせよ、不動産を購入するコストが、購入後、貸すことによって得られる家賃収入をはるかに超えているわけで、不動産価格は優に3倍以上の過大評価となっているとも言い換えられる。仮にこの過大評価分が是正されると、共働きの世帯で、必死に貯蓄をして、なんとか15年程度で家が買える程度にまで事態が改善する (※2)

(不均衡を是正する裁定が働かず)

本来であれば、市場メカニズムを通じる裁定によって、こうした不均衡は早晩是正されるはずである。たとえば、人々は、不動産を購入するのは割高で、アパートを借りて家賃を支払った方が得であると考え、不動産の購入需要が減少する一方、賃貸市場の需給が逼迫する。その結果、売買価格は低下する一方、賃貸料は上昇し、現在のような不動産の取得と賃貸費用の不均衡は解消される。しかし中国では、よく指摘されるように、住宅を「取得」することに対し特別の思い入れがあり、家を購入することと、借りて住むこととは全く別のものという意識が強い。また実際に住むという実需はなくとも、不動産価格が今後も上昇すると見込めば、短期的には不動産を取得する機会費用は大きいとしても、中長期的には大きなキャピタル・ゲインが期待できるという読みもあって、上述したような形での市場の裁定は働かず、他の経済指標からかけ離れた不動産価格になっている。そして、そうした不動産価格の上昇を可能にしてきたマクロ的な背景が、2008年の世界的金融危機以降採られた金融緩和政策、過剰な人民元供給ということになる。昨年来採られてきた不動産投機抑制策、金融引締めの効果もあり、2011年に入り、新築住宅販売価格の上昇率はやや落ち着きを見せてきたが、ここへ来てまた反転の兆しが見られる。マクロ的には、「バブル」が破裂して、ハードランディングするよりは良いかもしれないが、高止まり(居高不下)のままでは、一般庶民の不満は解消しまい。

(※1)関連組織のサイトを調べた限りでは、たとえば北京市や上海市の統計局統計年鑑は、「居住用土地交易価格指数」、「房屋(住宅)租賃(賃貸)価格指数」を発表しているが、前者は、開発業者が住宅開発をするために土地使用権を購入した価格とされている。統計指標の解説欄には、「房屋销售(販売)価格指数」があり、これが開発後の住宅の実際の売買価格になるが、同指数の統計数値は年鑑には見当たらない。販売価格については、国家発展改革委員会や国家統計局が月ベースで発表している「全国70大中城市房屋销售価格指数」がある。北京・上海両市の統計年鑑によると(参考1)、租賃指数は上海で緩やか上昇しているが、北京ではむしろ下落、土地交易指数は北京、上海ともおおむね上昇しているが、販売価格の方は、本文に示したように、はるかに大きな上昇を示しており、開発業者が大きな利益を享受している構図が浮かび上がる。なお、主要都市の新築住宅販売価格の騰勢は、2011年に入ってからはやや一服感が見られる(参考2)。

(参考1)


(注)北京の租賃価格指数は1998年を100、それ以外は2000年を100とした指数。
(資料)北京市統計局・上海市統計局 統計年鑑

(参考2)


(資料)国家発展改革委員会・国家統計局「全国70大中城市房屋销售価格指数

(※2)こうした試算はあくまでひとつのアプローチであり、定期預金金利がゼロに近く、また金融資産も多様化している日本について、同様の計算をすると異常な値となり、必ずしも適当でない。ただ、たとえば次のような、おおまかな計算はできる。即ち、6千万円のマンションを、自己資金2千万円、住宅ローン(金利3-5%)4千万円で購入し、月家賃15万円で貸すという標準的なケースを想定した場合、年家賃収入は180万円、他方、住宅ローン金利は年120-200万円、自己資金に相当する機会コストを、定期預金金利で計算するとほぼゼロとなり、マンションを購入するコストと、購入後得られる家賃収入が、ほぼ見合う形となる。


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