中国における賃上げストへの対応策

~ガバナンスやマネジメントの観点からの検討~

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2008年9月のリーマン・ショック以降、欧米諸国及び日本の経済が落ち込む中、いち早く中国は景気回復を遂げ、成長を持続している。日本企業は、市場の成熟化や少子高齢化に伴う人口減少に直面し成長が鈍化している日本市場から、成長著しい中国市場に積極的に進出を図っている。


一方、中国においては、特有の文化や法制度をはじめとして日本とは異なる環境の中、様々なリスクが発生し、在中子会社の多くがその対応に迫られている状況である。

図表1:中国における主なリスク

中国における主なリスクは、図表1のように、大きく、「戦略リスク」、「財務リスク」、「オペレーティングリスク」、「災害リスク」の4つに分類される。特に、ここ最近一つのリスクが顕在化し、頻発している。


それは、賃上げ等の待遇改善を目的とした「ストライキ」であり、「オペレーティングリスク」の中の「人事・労務リスク」に分類される。


賃上げ要求のストライキは、ここ最近、製造業の在中子会社で頻発している。中国では労働契約法等の権利保護を強化する法整備が進んだことを背景に、労働者の権利意識が高まり、賃上げや待遇改善を求めるストライキが頻発している。操業停止を余儀なくされた企業もある。特に、日系企業でストライキが多いと言われる。


対応策として日系企業は賃上げや待遇改善を行っている。また、在中子会社の経営層に中国人を登用する企業もある。ストライキを鎮静化させるためには、賃上げ実施のような対症療法も必要であるが、中長期的視野に立って、日系企業に共通する本質的な問題の解決に向けた環境整備や土台を築く対応策を考えることが、将来的には効果的であり、以下のようにガバナンスやマネジメントの観点から見直す必要がある。

図表2:考えられる対応策

(1)在中子会社の現地化とガバナンスの強化

日系企業でストライキが多い理由として現地化の遅れが原因であると言われる。多くの在中子会社の経営層(董事長、総経理、董事)や管理職層の多くは日本本社から派遣された日本人社員で占められており、中国人の登用の割合は少ない。また、在中子会社への権限移譲もあまり行われていないと言われる。経営層が中国人で且つ適切な権限移譲が行われていれば、賃上げ要求のストライキに対して、工場労働者等の一般従業員や行政府の役人とのコミュニケーションも直接行うことができ、社内外により機動的且つ円滑に対処できた可能性がある。但し、このように権限移譲と共に現地化を行うにあたっては注意が必要である。経営層の勝手な暴走を防ぐために、本社と在中子会社の権限を明確化・ルール化し、規程等に取り纏め厳守させる必要がある。権限委譲した分、その業務執行状況を定期的に報告させ、本社側でチェックし、更に在中子会社に対する監査等のチェック機能を強化する必要がある。つまり、ガバナンスの強化が必要である。

(2)キャリアパスの創設

中国人が制度的に管理職層や経営層に登用される制度を創設することは、将来は一般従業員も能力や実績があれば工場長や総経理にキャリアアップできる可能性があることを意味する。このようなキャリパスの創設は一般従業員のモチベーションの強化や、忠誠心の高まりに繋がり、会社にとって明らかに害になるような賃上げ要求のストライキを起こす動機を抑えることになろう。

(3)CSR活動の強化

環境に配慮し植林活動を実施したり、地域の学校を経営トップが訪問し、黒板やノートを寄付する等の活動を一部の日系企業は既に行っている。このようなCSR活動は中国の地域社会に貢献する企業として評価される。敷いては、会社のブランドやレピュテーションのアップにも繋がる。このことは、日系企業に勤める中国人従業員にやや大袈裟ではあるが、当該企業で働くことに対する意義や、誇り、忠誠心を与えると思われる。日系企業に勤める中国人に対しては、周りの家族や友人から、「なぜ日系企業に勤めているのか」というような問いを言われるということをよく聞く。CSR活動を通して地域社会に貢献している企業として名が通っていれば、家族や友人にも理解を得るだろう。ましてや、不当な賃上げ要求を行うスト等の会社に対する直接的な不満をぶつける行動の抑止力に少しは繋がるだろう。そのためには、CSR活動を社内外に認めてもらうための効果的な周知活動、例えば、広告や、ホームページ、イントラネット、eメールで会社内外に訴求することは重要である。特に、中国に幾つかの現地法人を持つグル-プ会社の現地統括会社である場合などは、業務として中国全体のCSR活動を取り纏め効果的に中国社会にアピールすることは重要な責務であると考える。更には、企業イメージアップによる優秀な中国人社員の採用にも貢献しよう。


以上のように、(1)在中子会社の現地化とガバナンスの強化、(2)キャリアパスの創設、(3)CSR活動の強化は、直接的ではないにしても従業員のインセンティブ、モチベーション、ロイヤリティの向上を通じて賃上げ要求のストライキに対し、抑止する効果がある。更には、在中子会社の経営や事業活動にプラスの面を及ぼすと考えられる。これらの対策は、相互に関係しているところもあり、総合的対策としてこれら3つの対策を相互に行うことが望まれる。



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