アジアンインサイト
日中両国の自治体間交流における問題点

2010年9月30日

  • アジア事業開発部 山本 善徳
戦後の日中両国関係は、約40年前の日中国交正常化(1972年)にはじまり、日中平和友好条約の締結(1978年)、その後の鄧小平復権による改革開放政策の推進などを経て、緊密化が進んだ。両国間の貿易額をみても1972年の11億ドルから2009年の2,360億ドルと実に200倍を超える水準にまで拡大、両国関係は切っても切れない重要なものとなっている。

このような日中両国関係の発展の中で、両国における自治体間の交流も数多く進展し、多くの姉妹都市提携が結ばれてきた。最も早く姉妹都市関係を結んだのは神戸市と天津市である。日中国交正常化の翌年にあたる1973年6月に、早速両市は姉妹都市提携に調印している。神戸-天津両市を結びつけたのは周恩来総理(当時)である。周総理は自身の故郷である天津市と日本留学から帰国する際に出航した港町神戸を日中両国の最初の友好都市に選んだ。この姉妹都市提携を皮切りに、現在までに34組にのぼる都道府県と省・市レベルの提携、市町村まで含めると実に335組が姉妹都市関係を構築している。この中国との姉妹都市関係は、日本が世界の都市間で締結した関係において、アメリカをしのぐ第1位であり、全体の26%を占めるものである。実に4組に1組が中国との姉妹都市という緊密ぶりだ。


(出所)(財)自治体国際化協会データより大和総研作成

自治体間の姉妹都市交流には様々な形態がある。気候風土が似通った都市間の交流、伝統文化や芸能を通した交流、さらには香川県と陝西省のように弘法大師が仏法を求めて渡った唐の都長安にある青龍寺と弘法大師の故郷、香川県善通寺との関係が発展したというユニークな縁組まである。それぞれ知恵や趣向を凝らした交流が続けられているが、近年は多くの姉妹都市間でいささか問題が発生するようになった。

その原因は日本経済の停滞と中国の飛躍的な経済発展のギャップにある。これまでの日中間の姉妹都市関係では、どちらかというと経済的に豊かな日本から中国への援助や技術協力、人的貢献などが多かった。日本と中国の経済格差が著しかった80年代から2000年頃まではこのような関係が一般的で、日本が中国を援助するという構図があった。しかし、日本経済が「失われた15年」と呼ばれる低迷を余儀なくされ、自治体では国際交流予算が徐々に削られて中国への援助が限られるようになってきた。一方で、経済発展が著しい中国からみると、日本からの援助額が経済成長で相対的に目減りし、日本側予算の削減と相まって、存在感が急激に低下している。

さらに日本においては反中的といわれる小泉政権の誕生、中国においては反日教育に力を入れた江沢民体制の登場で、日中両国において相手国に対する国民感情が悪化、姉妹都市交流に対する価値観が大きく損なわれるケースも出てきた。特に、日本では「成長を遂げた中国は日本の脅威になる」、「これまで援助をしてあげたのに中国は感謝の念が足りない」などの感情論も散見され、せっかく築き上げてきた都市間の友好関係が台無しになる事態も少なからずあったようだ。

このような社会情勢の流れの中で、最近は自治体間の姉妹都市交流にも変化が現れてきた。これまでは伝統芸能の交流や青少年のサッカー交流など文化・教育面での交流事業が多かったが、これからは成長する中国経済を取り込む、特に巨大な人口を持つ中国市場を取り込む商業重視の傾向が強くなっているようだ。

しかし、ここで自治体の担当者を悩ませているのが中国の独特な経済観、日本との商習慣の違いである。これは中国ビジネス専門のベテラン商社マンでさえ戸惑うことが多く、中国担当者との丁々廃止のやり取りに慣れていない自治体担当者にとっては正に未知の分野である。

最悪なのは、やみ雲に地域の企業の対中進出を推進してみたり、言葉巧みに近寄って来る中国人ブローカーの甘言に乗せられるパターンである。筆者は仕事柄、こうした失敗例を数多く目の当りにし、初動の失敗を挽回するために、その何倍もの努力を余儀なくされるケースを何度も見てきている。

失敗を避ける要諦は、月並みな表現だが「しっかりとした戦略・戦術の構築」にある。例えば、自県にはどのような特徴があり、どのような特産品があるのか、中国に対してどのような提案をするのか、戦略・戦術を企画した上で、専門家を入れて実際に中国側の適切な人間にアプローチをかけていく。そこには中国人のものの考え方、経済観念、組織論など、一般の日本人には理解できない機微が数多く含まれる。

ひとつの例として、省長との折衝や交わした約束の落とし穴があげられる。ふつう○○省の省長といえば、当該省における行政府の長であり、当然に省のトップと考えがちである。しかし実際には省長の上に中国共産党○○省委員会というのがあり、その書記が実質的なNo.1の人物となる。省長はその委員会副書記である場合が多い。通常の都市間交流の折衝の場に書記は登場しないので、省長が一切の決定権を持っているように見えるが、たとえ省長と合意したことであっても実質No.1である書記がその決定を覆す実権を持っており、実際に決定が覆される例も少なくない。こうした中国独特の人事階層を理解していなければ、「中国は合意事項を簡単に覆す…」などの不満につながり、不信感に苛まれることになる。

しかし、中国側からしてみれば、No.2との取決めがNo.1によって覆されることは何ら不思議ではなく、そもそもトップ同士が取り決めている訳ではないという日本側の認識不足の問題と映るのである。これでは端から上手く行く筈がない。

ところが、自治体間の交流の場では一般に書記に接触するのは至難の業でもある。行政は省長の所管事項であり、書記の管掌事項ではない。行政事項の決定権者はやはり省長なのである。しかし、その決定権者の采配が絶対ではないところで日本側は困惑してしまう。そのような場合、要は書記と直接接触できる機会を設け、後で話が覆されないように合意を形成するようにすれば問題は解決する。一筋縄には行かないが、書記を引き出す戦術を如何に考え、実行するかが専門家の腕の見せ所である。こうしたアレンジの可否が、専門家としての真価が問われる一面と言えるだろう。

日中両国は一衣帯水の隣国であり、古来より日本には漢字をはじめ中国の文化が様々な面に浸透している。しかし、現代の日本と中国においては主義主張や価値観が大きく異なる部分も少なくない。両国の文化は似て非なるものであることを互いに理解した上で付き合わないと、必要のない誤解を生み、疑心暗鬼が広がり、やがては相互に反中・反日的な考え方・行動を招来しかねない。

些細な理解不足によって日中両国がいがみ合いに陥ることは全く以って不幸なことである。日頃から相手国を理解するよう努めることが何より肝要と思われるが、残念ながら日中両国の間にはまだまだ相互理解不足による誤解が数多く横たわっている。東シナ海の資源開発、軍事費、コピー商品の蔓延…など枚挙に暇がないが、それらを乗り越えて草の根の交流を育むのも大袈裟に言えば自治体担当者の責務である。文化の相互理解を深める、その巧拙により成長する中国経済を取り込んで自県を発展させることができるのか、交流が何の成果も得られずに衰退して行くのかが決まるのである。


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