アジアンインサイト
中国工場での賃上げストライキは何故起こったのか

~労働争議報道から考えること~

2010年7月16日

  • ビジネス開発部 山本 善徳

さる5月末、広東省仏山市にあるホンダ部品工場で中国人従業員が賃上げを求めるストライキを起こし、その影響でホンダの完成車工場が操業停止に追い込まれるというニュースが大きく報じられた。数日後、北京にある韓国現代自動車系の部品工場でも1,000人規模のストが起き、6月に入ると天津の豊田合成、広州のデンソーなど他の製造業にも飛び火した。さらにその後も沿海部を中心に各地に拡大、足元まで2ヶ月弱の間にスト発生など労働争議は、報じられているだけで30件以上に達する事態となっている。
以上を捉えて米ニューヨークタイムズ紙は、「安価な労働力とストライキの少なさで、中国は多国籍企業の製造業投資に最良の選択肢だったが、今回の事件はその前提を覆すものになった」と評した。また多くのメディアは、2008年1月に施行された「労働契約法」を背景に中国労働者の権利意識が高まっていることを原因とし、今後中国では低賃金の労働力確保が難しくなり、対中投資の魅力が減退すると指摘している。

沿海部工場労働者の大半を占める「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者は、大都市周辺や西部内陸地域の農村から供給されてきた。かつては期間工として就業し、一定期間を過ぎると農村に戻り、また新たな若い労働者が農村から供給される、という形で継続的に低賃金の労働力を供給してきたのが実態だ。しかし最近は、少子化の進行や高学歴化により農村からの労働供給が減少、さらに中国政府による「中西部大開発」政策や世界同時金融危機を背景とした4兆元(約52兆円)景気対策で内陸部の公共工事が増大、沿海地域に出向く「農民工」が不足してきている。わざわざ遠方の沿海都市まで行かずとも、故郷の農村部周辺に働き口が潤沢にあり、若者が出稼ぎに行く必要がなくなっているのだ。
かつて農民工は、沿海地域で就業しある程度の蓄えを作った上で故郷の農村に戻るのが通常だったが、80年代以降生まれの「新農民工」と呼ばれる世代は、便利な都市生活に馴染み、都市での定住を希望する者が増えているようだ。中国政府も余剰労働力である農民を低生産性の農業部門から比較的高生産性の工業部門に移転するために、都市住民への転換を奨励している。このため、都市生活に必要なある程度の所得上昇、労働賃金の向上を政策的にもサポートしている(例:各地域における法定最低賃金の改定)。

要するに、以上を背景に今般のスト頻発が招来され、今後もこうした労働争議の頻発から低賃金を前提とした労働集約型ビジネスモデルが破綻しかねない、とメディアは揃って警告を発しているのだ。確かにこうした解釈は一面で正鵠を得たものと言えるだろう。しかし、その要因はメディア報道にあるような(1)少子化や高齢化を背景とする人的資源供給不足、(2)「労働契約法」制定による労働者の権利意識が高まり、(3)農民の都市部への移転政策などだけではない。筆者は今回の労働争議頻発の最大の問題は、外資系企業の中国現地化が遅れている点にあると見ている。

1978年の改革開放政策に始まる先進国企業の急速な対中進出は、90年代には中小企業も含めた対中投資ラッシュを引き起こす。その過程では、中国を安価な労働市場を利用するための製造拠点として捉えた企業と、中国を将来の巨大な市場と捉えて着々と布石を打ってきた企業との間で経営の方向性に微妙な差が生まれて行った。
ここで中国を生産拠点としか捉えていない企業は、基本的に工場労働者をあたかも生産ラインの一部として扱い、期間毎に出稼ぎ労働者の入れ替えを繰り返すだけの経営を行ってきた。一方、中国を将来の市場と捉えた企業は自国の生産技術を徐々に中国にシフトし、同時に管理職についても現地の中国人を登用して現地化を進める方法を採る。将来的に巨大市場となった中国で事業を展開するには、現地化を進めて地元に根を下ろした企業の方が有利であるのは指摘するまでもない。中国のことを最も理解できるのは中国人であり、それを活用する戦略を採って中国進出を考える方が得策との判断だ。

この二つのタイプの企業進出の明暗を分けた象徴的な出来事が、今回の頻発する労働争議と言えなくもない。経済が発展し、一定水準まで所得が向上した中国は既に誰もが認める巨大な市場となりつつある。中国市場を取り込もうと世界中の企業が鎬を削っている中で、現地化が不十分な企業が今後中国で生き残りを果たすのは大きな困難を伴うだろう。つまるところ、今回ストが起きた企業の多くでは、工場長をはじめ管理職に至るまで全て外国人、ひどいところは通訳を付けなければ工場長と従業員の意思疎通が出来ない企業が含まれている可能性がある。こうしたところでは日頃から従業員の不満要因を汲み上げることは出来ないし、不穏な動きを察知して事前に芽を摘むことなどできない。一旦不満が生まれたらそれを止める方法はなく、結局は最後の一線を超えてしまう。

筆者らが日頃接している日本のマスメディアの中には、今回のストについて、あたかも中国人労働者がむやみに暴動を起こしているような報道も見られ、日本サイドに不安を与える結果に繋がることもある。中には中国人の反日感情がストを後押ししているという誤った情報を流す記事まである。しかし、このような報道に接したときには、その裏の事情を冷静に俯瞰してみるべきである。何故労働争議が外資系企業ばかりなのか。どうして同じ地域で同じような業種を中心に起きるのか…などなど。繰り返し問い直してみれば、「おや?」と気付くことも少なからずあるはずだ。

名誉のために付け加えておくと、日本を含む外資系企業でも将来展望を含めた戦略を持って中国進出し、細心の注意を払いながら日々の経営を行っているところも確実に存在する。報道された企業でも、労務管理に十分な注意を払いながらも不幸して労働争議を扇動されたケースもあったようだ。このような日頃から幹部と従業員の間の風通しが良く、意思疎通が上手く行っている企業では、周辺の他社の工場でストが発生しても、基本的に影響を受けないか、受けたとしても軽微に収束することが多いようだ。そういう企業の中国進出モデルを研究することが、これからの中国ビジネス展開には必要不可欠だろう。そこにこそ、中国リスクとビジネスチャンスを仕分けるノウハウがたくさん詰まっているはずである。



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