中国の不動産価格高騰はバブルなのか?

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  • アジア事業開発グループ 吉田 仁

中国の不動産価格が高騰している。2009年の不動産価格(定義は後述)は前年比で23%上昇し、この背景にはホットマネー流入等によるマネーサプライ急増などが指摘されている。
賃料や地代の将来見通しつまり将来に亘るキャッシュインフロー流列の割引現在価値の総和。これが不動産の理論価格算定の基本だが、見通しという「期待」部分が含まれていることもあり現実にその測定を行うことは容易でない。もっとも、不動産価格は居住用であれ商業用であれ、家計や企業の所得などとの密接な関係から一定の評価を行うことは可能である。すなわち、実体経済における収益またはキャッシュフロー(フローの実体経済付加価値としての名目GDP)に着目して、そのトレンドや水準などから不動産価格の合理性を判断することができる。明らかなトレンドからの乖離や価格水準の高騰が見られれば、資産価値をあてにした信用創造の連鎖による不動産価格上昇というバブル現象が生じていると考えられる。
また、不動産価格は住宅を担保とした住宅ローンが代表例となるように、マネー創出つまり信用創造の源でもある。ただ、信用創造が実体経済の裏付け、すなわち収益やキャッシュフローに基づいた回収見込みのある場合はよいのだが、不動産価格の上昇のみを回収の根拠とする場合は問題が大きい(※1)。例えば、限定された不動産供給下で過剰なマネーサプライが生じると不動産バブルを引き起こす要因となり得る。
以下では、日本と米国における名目GDPと不動産価格、さらにはマネーサプライの過去55年間に亘る長期推移を参考にして、現在の中国の不動産バブルについて一つの見方を提示したい。


図1~3では日、米、中の3カ国の土地・不動産価格と名目GDPとの関係が示されている(具体的な各国の土地・不動産価格は以下のものを使用している)。

  • 日本:日本不動産研究所より市街地価格指数(全国、全用途)(※2)
  • 米国:FRBより全国の不動産総額から建物の再評価価額を差し引いたもの(※3)
  • 中国:中国国家統計局より商用不動産の販売金額を販売面積で除したもの(※4)

このグラフは両対数目盛を用いているため、図中のプロットが傾きaの直線で近似できれば、土地価格=(名目GDP)a という近似式が成り立ち、土地価格に対する名目GDPの弾性率をaと置くことができる。また、プロットの直線からの若干の乖離は、景気の変動やそれに基づく「期待」の変化、さらには税制・政策変更などに起因して生じることがあると考えられる。


米国の不動産価格(図1)
1955年~90年までのプロットはほぼ直線上に並んでおり、当期間の弾性率は概ね1となった。GDPの支出面から考えれば、支出のうち不動産の配分がほぼ一定、すなわち住宅に例えれば所得水準が上昇しても、所得のうち住宅投資に回す金額の比率は変わっていないことを示している。その後90年代前半の価格調整に対する反動に加え、ITバブル崩壊、同時多発テロ事件発生後の低金利政策やそれに続くサブプライムバブルで、2000年~05年の弾性率は2.38に急上昇している。この間は弾性率が過去のトレンドから大きく乖離して、GDPを大幅に上回る価格上昇が見られることから、バブルの可能性が大きく高まる状況であった。なお、足元の地価はトレンド線を下回るようになっており、不動産取引の低迷により価格調整が行き過ぎたアンダーシュート状況にある可能性も付言しておく。

図1:米国の不動産価格

日本の不動産価格(図2)
1980年代後半における日本のバブル経済期の弾性率は1.49に達している。このように弾性率が1を大きく上回るとバブルと考えてもよさそうだが、一方で60~70年代にも民間設備投資増や都市部への人口集中、70年前後の土地税制改革などにより地価が急騰した時期がある。ただし当時はGDPも高水準で伸び、結果、弾性率は0.996に止まっている。すなわち日本の不動産全体(全用途平均)で見た場合、当時は必ずしもバブルではなかったことが示唆される。
ところで、いわゆるバブル崩壊後の調整の大きさは、米国以上であることも分かる。その理由のひとつとして不動産評価の構造変化を指摘できるのではないか。つまり2001年のREIT(不動産投資信託)導入を契機として、割引現在価値に基づく不動産評価が浸透したことが90年以降はじまった価格調整をさらに深いものにしている可能性がある。
米国では日本より約40年も早い1960年にREITが導入されている。米国のグラフ(図1)のプロットのほうがきれいに直線上に並んでいる理由として、税制や金利水準など様々な要因が想像されるが、合理的な不動産価格評価が早期より浸透してきたことも大きな背景にあるのではないか。

図2:日本の不動産価格

中国の不動産価格(図3)
直近1年間(2009年)の弾性率は2.63と、サブプライムバブル時の米国(弾性率2.38)をさらに上回る不動産価格高騰が見られる。これを以って、足元の不動産価格上昇をバブルと見ることもできる。しかし一方で、これは08年の経済成長鈍化による価格調整の反動とみることもできるのではないか。経済成長鈍化は世界同時不況が主因としたもので、不動産需要はGDPと異なり比較的旺盛で08年の価格調整はアンダーシュートだったとすることも可能だからだ。実際、直近2年間(2008~09年)でみれば弾性率は0.76とむしろ低く算定され、09年のような価格高騰が今後も継続しない限り、従前の中長期トレンドから大きく乖離するものではない。すなわち全国ベースの平均価格を前提とする限り、中国で全面的に不動産バブルが生じているとは判断しがたいのである。もちろん以上の評価は全国平均価格(しかも上述の定義に基づく)に関するものであり、一部の都市部の住宅価格高騰までもバブルを否定するものではない。都市又は用途によっては、不動産価格のバブル発生について議論する余地は十分にある。
さらに、足元の状況が仮に不動産バブルでないとしても、今後は不動産価格評価の構造変化が生じる可能性は視野に入れておくべきだろう。というのも中国では本年後半にも(非上場だが)REITが立ち上がる見通しとなっている。その後、上場REITが導入され、割引現在価値に基づく合理的な不動産評価が浸透することによって、価格調整が起きる可能性がある。この価格調整の程度は、現時点では不動産賃料等に関する統計データが不十分で言及できないが、REITの浸透やその前提となる統計整備に従って次第に明らかになっていこう。

図3:中国の不動産価格

最後に、中国の不動産価格上昇の元凶と指摘されるマネーサプライの増加状況に言及したい。ここでは、マネーサプライを表す指標としてマーシャルk(マネーサプライ&pide;名目GDP)に注目する。マネーが実体経済の取引を媒介するものである以上、概ねマネーサプライは名目GDPに比例する(マーシャルkは時間変化しない)と考えることができる。実際は金利水準など多くの要因で時間変化(※5))することもあって、その適正水準を判断すること難しいが、それでもマーシャルkがトレンドから上方に大きく乖離した場合などにバブル発生と密接な関係があるとも言われる。
この点、図4のように日本の1980年代後半はトレンドから大きく乖離しており、正にバブル発生を象徴していると考えることができる(なお、90年代後半から再びトレンドから大きく乖離しているが、これは名目GDPが横這いの一方で、度重なる財政出動や量的緩和など金融緩和を継続した影響でマネーサプライの伸びが維持された影響による)。

図4:各国のマーシャルのk

中国では2009年にマーシャルのkが急上昇している。2003年~08年前半にかけた加熱投資抑制のための金融引き締めなどからマーシャルkは安定的に推移していたが、世界同時不況に対処するために、一転して金融緩和策が採られることを背景とする。このため、90年代から03年までのマーシャルkの上昇トレンドに目を向ければ、09年の急上昇は過去のトレンドの範囲内として、現状のマネーサプライを過剰とはいえないと判断することもできる。
ただし、トレンドから大きく乖離していないからといって、マーシャルkの水準自体が高すぎるのではないかとの懸念は拭いきれない。マネーサプライの定義が各国共通でないなどから単純比較はできないが(※6)、2009年のマネーサプライはGDPの1.8倍の水準と、バブル崩壊後の処理に苦しんだ日本の90年代央に比肩する水準にまで上昇しているためだ。定義の問題を差し置いても高水準過ぎる感は否めない。


以上のように、中国の不動産価格は確かに足元で急ピッチな上昇を示しているものの、全体としては長期的なトレンドから大きく逸脱したものではなく、現時点では全面的な不動産バブルが発生していると判断することはできない。もっとも、一部の都市部住宅などを中心にトレンドから大きく乖離したバブルが発生している可能性があることには留意が必要である。例えば、上海市では住宅価格が平均年収の20倍以上(※7)と、日本の80年代後半のバブル時の8倍程度(首都圏)を大きく上回る価格高騰が見られるように、明らかに実需取引の限界を超える状況も散見される(データの制約もあり本稿はあくまで全国平均価格の議論に過ぎない点ご容赦願いたい。都市部の状況がバブルであるか否かの判断については次稿の課題としたい)。
現状を不動産バブルとしていたずらに懸念することなく、冷静に次の3点に関して引き続きその動向を慎重に見守る必要がある。これが分析データから導かれる結論である。

  1. 一部の都市部における不動産(特に住宅)バブルの可能性
  2. 不動産評価の構造変化の可能性
  3. マネーサプライ動向など過剰流動性の懸念

(※1)実体経済に基づく回収見込みのある信用創造が行われた場合、時間の経過とともに信用供与の受け手から元利金返済が進み金融機関に回収される。また金融機関より新たな信用供与が行われ→回収という過程を辿ることになる。一方で、不動産など資産価値担保のみに基づき、単にバブル的現象で釣り上がる資産価値をあてにした信用創造は、何かをきっかけにして資産価格が下落に転じると信用供与された資金回収が困難になる。
(※2)市街地価格指数は、市街地の宅地価格(商業地、住宅地、工業地)の推移をあらわすため、日本不動産研究所の不動産鑑定士等が全国主要223都市の約2,000地点(定点)の地価を鑑定評価し指数化したもの。各年度末の値を適用。
(※3)政府や地方自治体などの公共部門や金融法人、農業法人の保有不動産は含まない。これは全国の土地総額であり地価を示すものではないが、ケース・シラー指数と比べトレンドに大きな乖離はみられないため、地価の代用変数として適用可能と考える。
(※4)中国では統計精度の問題がある。2009年の不動産価格は中国国土資源省の公表では前年比+25.1%だが、中国国家統計局は同+1.5%と公表している。本稿の定義では同+23.2%であり、国土資源省の公表値に近く、不動産価格高騰を認めた数値を用いている。本稿の定義は販売価格であり、不動産売買の活況な地域のウエイトが高くなると予想される。
(※5)マーシャルkの上昇要因として例えば、金利の低下(貨幣の流動性が選好されるため)や金融深化(貨幣経済の浸透、金融仲介の発達)、海外からの資金流入(外貨獲得)などが挙げられる。
(※6)マーシャルkの水準の一側面として直接金融の深化(債券や株などの金融商品の浸透度合い)の考え方もある。米国のマーシャルkが日本や中国と比べて低水準なのは、直接投資が活発なことも一因かもしれない。
(※7)80㎡の不動産を前提とすると、不動産価格は平均年収の24倍と試算される。ここで上海の不動産価格は09/10時点、上海の被雇用者平均年収は08年を適用。



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