中国で鉄道整備ブームが巻き起こっている。現在の鉄道整備計画は2003年に中国政府が策定した「中長期鉄道網計画」がベースだが、2008年にその改定計画が公表され、本年にもさらなる計画見直しが予定されている。現時点での計画(2008年改定)では、2020年までに鉄道総営業距離を12万km以上、複線率を50%以上、電化率を60%以上に引き上げるとともに、幹線については旅客と貨物の分離を図るとされている。いずれの目標数字も当初計画より引き上げられており、整備計画は予想以上に順調に進んでいるようだ。
中でも注目されるのは、日本の新幹線に相当する高速鉄道網の整備であろう。営業速度200~300km/hの路線を南北方向に4線、東西方向に4線整備し、中国内の主要都市を高速鉄道でつなぐ計画である。具体的には、(1)北京~上海、(2)北京~武漢~広州~深圳、(3)北京~瀋陽~ハルビン、(4)上海~杭州~福州~深圳、(5)徐州~鄭州~蘭州、(6)杭州~長沙~昆明、(7)青島~石家荘~太原、(8)南京~武漢~重慶~成都が計画されており、既に(2)の広州~武漢間(広武高速鉄道)は昨年12月に開業に漕ぎ着けている。


筆者は最近、広州から武漢に移動する際に、上記の広武高速鉄道に乗車する機会を得た。当初は単に日本の新幹線に乗る感覚でいたが、実際に乗車すると日本と中国の大きな違いを実感することとなった。また同時に解決すべき課題も少なからずあり、それを捉えると中国の高速鉄道整備は日本にとって様々なビジネスチャンスになるとの意を強くした。
先ず驚いたのは、高速鉄道の駅舎およびその立地である。乗車の起点は広州の拠点駅である「新広州」駅であったが、広州市中心部から高速道路を利用して車で約1時間も要した。しかも、高速道路を下りてからは農地や荒地の中をひた走る状況で、周辺に何もない場所で突然最新鋭の空港のような駅舎が聳え立つ異様な光景を目の当たりにした。降車駅の「武漢」駅も同様の状況であり、全く渋滞はなかったにもかかわらず市内のホテルまでタクシーで小1時間を要した。また、高速鉄道の途中駅についても都市名に北や南など方角がつく駅名ばかりで(例えば長沙南)、在来線の駅とは離れた場所に設置されていることが想像された。


日本の新幹線であれば在来線との接続するのが当り前で、その不便さが非常に不可解であった。後で地元政府にその理由聞いてみると、1つは在来線の駅は都市の中心部に立地しており、新たに高速鉄道を建設するのは容易でないとの返答であった。もちろん、そうした状況は理解できるが、それでは高速鉄道の魅力が半減し、結果的に高速鉄道整備の意味が薄れるのではと考えずにはいられなかった。だが、もう1つの理由を聞いて中国という国の勢いや発想の大きさを禁じえなかった。それは、各都市とも経済の急速な発達により既存市街地は飽和状態にあるので、高速鉄道駅の整備に併せ新たな市街地を郊外に開発するとの説明であった。高速鉄道の駅を敢えて中心街から離れた郊外へ設置し、市街地自体を新規開発しようとの発想は正直言って一般の日本人の発想を大きく超えるものだろう。
こうした動きをビジネスの視点から考えると、高速鉄道整備とともに大規模な駅周辺開発が行われ、都市中心部とのアクセス整備、環境共生型のインフラ整備、住宅・商業施設整備等の多くのビジネスチャンスが生まれることを意味しよう。また、このような開発を契機に地方の中核都市でも郊外開発が本格化し、郊外型大規模商業施設、郊外型各種サービスが成長する可能性も指摘できる。これら一連の流れは、既に郊外型ビジネスが発達している日本の企業にとって、多くのビジネスチャンスを含むといって過言ではない。


さらに高速鉄道の機能性についても注目すべきだろう。今回利用した新広州駅、武漢駅とも建物は空港のように大きく立派であった。しかし、その内部はターミナル駅としての機能性が低いと感じずにはいられなかった。例えば、切符売場が改札口とは遠く離れた場所にあり、一旦駅舎を出なければならない不便さである。最新鋭の高速鉄道でありながら日本では当り前の自動券売機もない。また、長時間の乗車になるため、飲み物や軽食を買い求めようとしたが、そのような販売店もない。かろうじて改札内に簡易なコンビニエンスストアが1軒あったが、品揃えは貧弱で日本の駅にあるようなレストラン、物販店などは一切見当たらなかった。結局、食堂車があるということで事前の購入を諦め乗車したものの、食堂のメニューはパックされた粗末な弁当が1種類とインスタント・カップスープだけで愕然とさせられた。乗務員に理由を尋ねると、この列車は武漢の車両であり、武漢から広州に来る際に他のメニューは全て売り切れたと平然と答えていた。


以上のような始末で広武高速鉄道体験を終えたのだが、印象を一言で述べると、「ハード」すなわち設備や駅舎は最新ですばらしいが、それに相応しいソフト面の整備やサービスという視点が全く欠けているということに尽きる。日本の鉄道は運営や各種サービスなどのソフト面でも非常に細心の気配りが行き届いており、駅の高機能化、集客力を活かした駅前・駅中ビジネス、利用者の利便性を高める様々なシステムづくり等の経験やノウハウが集積している。中国の鉄道網整備の進展に併せて鉄道車両等のハードのみならず、ソフト面でも対中鉄道ビジネスの広がりを痛感させられる体験であった。



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